グレース・ハワードの元へ修理にやってきたビリー・キッドはいつしか心を開いていくようになった。
最初こそ溝があるように思えたものの二人の距離は日を追うごとに縮んでいき、次第に心を通わせるようになる。
機械人と人間という枠を超え、二人は愛を育むようになったのだ。
そしてついには二人の間には可愛い子どもが――」
「ってちょっと待て!」
「なんだい?」
急にツッコミが入り、グレースはねじ回しを動かす手を止めビリーを見た。
「いやいやいや、なんだその急に始まったおかしな語りは!? っつーか二人の間に可愛い子どもがって!? どうしたら俺らの間で子どもができんだっての!」
「そりゃあもちろん君を調べ尽くし研究し尽くしそして私がロストテクノロジーを解明した後その技術は更なる飛躍を遂げて君の後継機を――」
「ああーもういいもういい、そういや前にもなんか聞いた気がするぜ……」
今日は久しぶりの定期検査の日である。
ビリーはグレースの部屋にて背面を見せるように座っていた。
「いやあ、実は昨日クレタと一緒にビデオ鑑賞をしてねぇ。それの冒頭ナレーションが今みたいな感じだったんだよ。見たのが続編だったからかな? ちなみにストーリーに全く興味はなかったんだけれども途中に出てきたメカがこれまた私の好みでどストライクな姿をしているもんだからそのシーンだけ何度も何度も繰り返し見てしまったよ! あれはオススメだなぁ、君にもぜひとも見てもらいたい」
「俺はスタナイとモニカ様以外に興味ねーよ」
むすっとするビリーに「あれれ、話題を間違えたか」とグレースは肩を落としてまた手を動かす。
「そういえば君のおかげで最近は短時間でもとてもぐっすり眠れるようになったよ」
「俺のおかげ?」
ビリーは首を傾げる。
確かにビリーにくっついてグレースが寝る時はよく眠れているだろうことは彼にもわかるが、最近はここに来ていなかった為グレースは一人で寝ているはずだ。状況が把握できずにビリーは黙り込んでしまう。
「あはは、もしかして何のことかわからないかい? ほら、前回修理に来てくれた時にやったじゃないか。内部駆動音の録音」
「……録音? って、ああ、なんか部屋入ってから帰るまでずっと腹になんか貼ってたあれか?」
「そうさ。録音と、波形の記録だ。正常時のものを記録しておくことですぐに異常に気づけるからね。そしてなんと、それを入眠時にイヤホンで聴くことによってとてもリラックスできることがわかったんだよ! いつも君に抱き着いて寝てるんじゃ君にも迷惑かもしれないからね。とにかく今は三十分の仮眠でもこれによって体の疲れの取れ方が三割増しだ!」
「……いや、もっと寝た方がいいんじゃねーの? 人間って」
呆れたビリーの顔はグレースからは見えていない。
もちろん背を向けているビリーからも、グレースの表情は見えない。
彼女の嬉しそうににこにことした表情が、ふいに眉根を下げた。
「私はいつも君に迷惑をかけているね」
「え?」
(確かに迷惑はかけられてる気はするけど)
と、思ったもののビリーは言葉の意図がわからずに何も言わないでいる。
「いやあ、君には何度も私の睡眠導入剤になってもらってるだろう?」
「ああ、それのことか。別に迷惑って思ってねーよ」
迷惑なのは勝手にあちこち体を弄り回そうとすることであるが、ビリーはもう半分諦めていた。
“恋人ごっこ”が始まってからというもの、グレースの遠慮がさらに無くなったせいでビリーは幾度も抵抗を試みたのだが、結局は修理中の知らぬ間に弄られていることが増え、ほとんど好きにさせるようになった。
「それに私ばかりが寝顔を晒してしまっていて恥ずかしいなと思っているんだ」
「寝顔?」
驚いた。
まさかそんなことを気にしているとは、とビリーは思いながらこれまでに見たグレースの寝顔の数々を思い出す。
――目の下に大きなクマを作って死んだように眠る寝顔。
――何やらむにゃむにゃと寝言を発していた寝顔。
――眉間に皺を寄せて苦しそうにしていた寝顔。
――奇妙ににやついた顔で緊張感なくよだれを垂らしていた寝顔。
――瞼の端から一粒涙が零れ落ちた寂しそうな寝顔。
(………どれも起きてる時じゃ見れない顔だな)
ぼんやりと窓の外を眺めるビリー。
何か言おうかと思ったが、後ろから息を吸うのが聞こえて黙った。
「だからさ、君も電源をオフにしていいんだよ? 寝顔をじっくりと見てあげるから!」
「いや俺がオフるのとあんたが寝るのじゃ全然違うだろ。大体俺だってスリープモードがあるっつーの」
「おっとそうだったね。いやーオフにしてくれればその間にいろいろと体を見てみようかと思って……」
「それが目的じゃねーかっ!!!」
「あははは。いやーついね、つい。でもそうだなぁ、君もスリープモードの間システムは動いてるわけだろう?」
「そうだな」
「君がもし夢を見るとしたなら、それは一体どんな夢なんだろう?」
「夢?」
夢、というキーワードにビリーはしばし首を傾げる。
夢というものは人間が眠っている間に記憶の処理をする過程で見るものだろうことはビリーも知っている。
ビリーの脳ともいえる機能でもその処理は行われるが、夢を見ることはない。
だから夢がどんなものなのかはドラマや映画などの映像でしか見たことがない。
「夢ってのはよー、物語みてーのが頭ん中で見れるんだろ? 俺ならスターライトナイトが出てきてほしいぜ! そんでかっこよく一緒に戦うんだ!」
「あははっ、君らしいね! 確かに何度も何度も見ている映像なら夢に出てきてもおかしくなさそうだ」
「だよなぁ!? いやー夢を体験できる機械とかねーかなぁ~。HIAとかならできそうな気ぃすっけどよ~」
「確かにね。……ああでも、夢はいいものばかりとは限らないんだ。怖いこともある」
「ん? 悪夢ってやつか?」
「そうさ。見たくない過去の記憶がごちゃまぜになったものなら尚最悪だ」
ふいにグレースの声のトーンが下がる。
ビリーは振り返ったが、見えたのはグレースが熱心にビリーの背面の機構を見つめる様子だけだ。
「……ふーん」
「でも、どんな恐ろしい悪夢でも目が覚めてしまえば消えていく。ああ、もちろんいい夢も消えてしまうけどね。夢で見たこともないメカを弄って幸せに浸っていた時はどうして目が覚めてしまったんだろうと思うこともあったよ。しかもそういう時に限ってどんなメカだったのか覚えていないんだ」
「そりゃ残念だな」
「ああ残念だとも!」
明るいような声色。
けれども先ほどの暗い声音も引っかかる。
グレースにも何かしらの過去があるだろうことはビリーも当然わかっていた。
恋人ごっこが始まってからそう短くない時間がすでに経ったものの、お互いの隠されたものを開示することはなかった。
話したいとも
話してほしいとも
どちらも思っていないからだ。
グレースが望むのは機械人であるビリーの身体や技術の研究。
ビリーが望むのは身体の修理と維持。
それ以上のものは何も
……ないとはいえ、
ビリーはもう随分とグレースのことをただの修理担当とは思っていなかった。
(恋人のように接する、なんてのが一体どんな意味を持つのかよくわかんねーけど。でも今じゃ随分こいつのことを気にかけるようになった気がする。別に、アンビーが時々見る映画に出てくるような『恋人』みたいに暇さえあれば電話をかけたりデートをしたり、なんてこと、しねーけど。それでもここへ修理や検査に来る度こいつの表情や声や仕草が、気になるんだよな)
ビリーはちらりともう一度振り返る。
今会話していたことなど忘れたかのように口を結び、真剣な様子でいるグレース。
彼女の顔を見て、ビリーは心の中でため息をついた。
(俺がもし人間だったら、こいつは俺のことを愛してくれることはなかったんだろうな。いや、今も本当の意味で愛しているのかなんてわかんねーけど。愛なんて言葉、俺も、知ってるようで本当は知らない。俺は愛の結果産まれた生命体じゃないからな。それとは真逆の……なんて、あー……こんな意味のないこと考えてる時点で俺もただの火力制圧用高知能戦術素体じゃねーのかも)
細く長く、
ため息を吐くように排気する。
「――今更そんな仰々しいもんになりたいわけじゃねぇけど」
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