***
グレースの言っていたパーティが行われる日の夕方、ビリーはルミナスクエアへと足を運んでいた。グレースではなくクレタから連絡があり、やってきた次第である。
「――送られてきたスーツは着てきたけどよぉ……あいつはどこにいんだ? ニューススタンド近くにでもいろって言われたけど。全然姿が見えやしねぇ」
普段着慣れないスーツに違和感を感じてどうにもそわそわとしてしまうビリー。ネクタイは締めなくてもいいとのことだったので、ラフに胸元は少し開いている。
「こんなもんを毎日着て仕事に行ってる人間の気が知れねえぜ……」
ビリーがぼやいていると、少し離れたところから「おーい!」という声が聞こえた。
声の主は、白祇重工社長のクレタだ。
「おー、グレースはどこだ~?」
と、声をかけてすぐ。
クレタの後ろにある美容サロンから――ドレス姿のグレースが出てきた。
「え……」
いつもと様相の違うグレースにビリーは一瞬言葉を失う。
が、
グレースはビリーを見つけるなり「ビリィーーー!!!!!」と物凄い絶叫を上げて駆け寄りしがみついてきた。
「うわあっ!?!? 何すんだよ!?」
「聞いてくれビリー! うちのおチビちゃんが! 私に酷いことをするんだ! 姉に対してこんな仕打ち……どう叱ってあげればいいのか!」
うっうっ、と泣くグレースにクレタは「化粧が落ちるから泣くんじゃねぇ!」と喝を入れる。
「毎日徹夜するせいで姉貴の顔面がやべーからあたしが気ぃつかってやったんだろ!?」
「だからって何時間も恐ろしい場所に閉じ込めておく必要は無いだろう?」
「美容サロンで肌と髪の手入れしてもらったんだろうが! ただ閉じ込めたわけじゃねぇ!」
「ううっ……おチビちゃんがこんなふうに育ってしまったなんて、姉である私はふがいないよ……」
「そうだよ姉貴がふがいないからあたしがしっかりしなきゃなんだろ……」
クレタはうんざりしたように項垂れると、すぐ体を起こしてビリーに向き直った。
「よれよれのスーツ着てくなんて言うからよぉ、とりあえずあたしとベンで見繕ったドレスを着せておいてやったぜ。あとヒールなんて普段履かねぇから文句垂れるかもしれねーけどよ、ま、あとはお前にまかせた!」
バシバシとビリーの腕を叩き、クレタはにかっと笑った。
妙に楽し気なのは、普段振り回してくる姉を逆に振り回してやったからかもしれない。
ビリーもなんとなくその気持ちがわかって笑い返す。
「おー、まかしとけ! って、パーティってのはどこでやんだぁ?」
「ここから地下鉄ですぐだよな、姉貴? っておい、いつまでぐずってんだよ」
「うう、だって、こんなことにお金をかけるくらいなら研究費用に充てた方が絶対に良いと思って……」
「いいんだよバカ姉貴! ちったぁ自分のことに使え!」
「うう、うう……」
化粧が落ちないよう涙を堪えるグレースを残し、クレタは颯爽と帰っていった。
してやったり、と言った顔をしている様子からは多分このあといろんな社員たちにグレースの様子を触れて回るのかもしれない。
ビリーは呆れてため息をついてしまいそうだったが、隣のグレースを見てしばしの間感心する。
「……人間ってのは、見た目が変わると印象も変わるよなぁ」
「え? 何だい……?」
「いやいや、普段のあんたとよぉ、今のバシッと決めてるあんたとじゃあ天と地ほどの差があるよなって話」
そう言うとビリーはグレースの頭の先からつま先まで視線を往復した。
グレースの肩までの髪はまとめ上げられ、ワンポイントになる髪飾りがあしらわれている。
普段化粧っ気のない顔は、クマが消え、目元は主張の強すぎないアイシャドウで彩られ、チークによって血色も良く見えるし、唇はふっくらとして落ち着いた赤が映えていた。
ドレスはそこまで華美ではないものの、普段のパンツスタイルからは想像できないロングドレスで、彼女の身体のラインをしっかりと際立たせている。
そして極めつけは朱色のハイヒールだ。デザイン自体はシンプルだが、それによって全体を締める役割もしている。
グレースの装いをじっと見つめ、ビリーは「なるほどなぁ」と唸った。
「モニカ様には劣るかもしれねぇが、あんたも『美人』ってやつなのかもしんねぇな」
「美人? 何の話だい?」
「いやーいいなぁ人間ってのは。俺もスターライトナイトみたいにかっこよくバシッと決めてぇぜ!」
「スターライトナイトか……君の外装を一新するには手間と時間と費用がかかるだろうね」
「一新しちゃうのはちょっと後がこえーなぁ」
「でもスターライトナイトなんかより、君の今のフォルムの方が断然かっこいいさ」
唸るビリーに、グレースは少しだけ元気を取り戻したのかくすりと笑う。
そして小さなバッグの中を確認すると「それじゃあ行こうか」と地下鉄駅を指差した。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます