短編『街灯の下で笑って』 - 3/4


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 パーティはグレースが言っていた通り形式ばったものではなかった。一番最初に主催者の簡単な挨拶があったものの、それ以降は立食形式でそれぞれが各々の会話に興じている。会話内容はどれもこれも自身の進めている研究内容や、先達て出た知能機械の画期的なデータ集積方法について、ボンプに積む新型論理コアの量産方法についてなど、ビリーにとってはそこまで興味の惹かれるものではなかった。

 そんな中、グレースもまた自身の研究内容について熱心に他の参加者と語り合っている。
 
(いくら俺が人間と違って疲れない体だってもよぉ、隣に突っ立ってただ黙って聞いてるってのはなかなかにしんどいぜ)

 ビリーはそんなことを考えながら知能構造体用にと渡された飲み物が入っているグラスをくるくると傾けた。これが一体自身の機体にどんな作用をするのかはわからない。説明はグレースが受けていたがあまりにも難解な単語がずらずらと並んでいたため、ビリーは早々に理解するのを諦めたのだ。

「――ではそちらの機械人はハワードさんと専属契約していらっしゃるんですね。いいなぁ、私もそういう方に出会えたらもっと研究が飛躍的に発展しそうなものですよ」
「確かに彼のような機械人はなかなか出会うことがないからね……本当に運が良かったよ」

 グレースは何者かにニコリと笑いかける。そして隣のビリーを見上げると、「ね」と同意を求めるように小首を傾げた。ビリーはというと、「はあ」とだけ返事をしてまたくるくるとグラスを回す遊びを始めた。

 グレースはいつもよりも三割増しで上機嫌だった。
 それがビリーを自慢するのが楽しいゆえなのか、
 研究者たちと語り合うこと自体に沸き立っているのか、
 ビリーには判別がつかなかった。
 そしてそれがどうにもむずむずとした感情を抱かせている。

(別にこいつが楽しそうにしてんの見るの嫌じゃねーけどさ)

 ビリーがグラスの中の飲み物をじっと見つめ、一口飲んでみようかと思っていた時だった。

「――おお、グレースくんじゃないか。君がこういった場に来てくれるなんて珍しいね」

 ふと彼女の名前が呼ばれ、グレースもビリーも咄嗟に声の方向を向いた。そこに立っていたのは最初に挨拶をしていた恰幅のよい男だった。顔の皺からは歳を感じさせるものの、実際の立ち振る舞いからは衰えはあまり感じられない。そしてどうやら知能機械の権威とは彼のことらしい。

「君が機械人の……しかもロストテクノロジーによるものだということは聞いているよ。グレースくんじゃなくても君の機体を隅々まで調べたい人間はここにわんさかいるだろうね」
「うわあ、すっごい怖いこと言ってやがる……おっさんに弄り回されるのはごめんだぜ」

 ビリーがげんなりとすると、男は口を豪快に開けて笑った。

「いやぁそれにしても……グレースくん、以前から君のことは気にかけていたけれどもとうとう戻れないところまで来てしまったじゃないか」
「何がでしょう?」

 グレースが答えると、目の前の男も、近くにいた他の壮年の研究者たちもくすくすと笑い始めた。この状況にビリーは違和感を抱き、様子を静かに伺った。

「君の研究は目を見張るものがある。しかしだ、君には研究以外にもやらなければいけないことがあるだろう? 研究が好きなことはもちろんだが、それならば他の男性研究者と一緒になって支えてあげることも必要だろうに。それが――ようやくできた恋人が機械人とは……滑稽と言わずして何と言うのか」
「滑稽?」

 グレースはきょとんとした顔で首を傾げた。

「何をおっしゃっているんですか、私には彼以外ありえませんよ。彼が素晴らしい機械人であることは一目瞭然でしょう? 私が彼と共に研究を推し進めることで知能機械や論理コアの飛躍的発展は約束されたも同然ですよ」
「はははははっ!!」

 男は笑う。
 近くにいた者たちも。
 ビリーは苛立ちを感じてついホルスターに手をかけようとしたが、身に着けていないことに気が付いて肩を落とした。

「いやぁ、君が家庭に興味を持たないことはわかっていたが……せいぜい研究を頑張るといいさ。次の発表でも期待しているよ。ああ、私の息子が進めているプロジェクトだが、もしかすると君にも声がかかるかもしれないね」
「それはありがたいお話ですね。こちらの研究や仕事に空きがあればお手伝いしたいところですが……今は少しばかり時間がないので良いお返事はできないかもしれませんねぇ」
「……何、君の手が空いていればでいいんだよ」

 男は作り笑いを浮かべると「パーティを楽しんで」と行ってしまった。
 彼が去った後で、周りからは嘲笑と、悪口が聞こえてきた。

「――人間の恋人も作れないなんてこれだから女性研究者は」

 随分な言いようだ、とビリーは思った。そして隣に立ちシャンパンを一口だけ舐めるグレースを見遣る。

「……なあ、大丈夫か?」
「え? 何がだい?」
「ヤ~~~なこと言ってたろ。さっきのおっさんも、周りのじーさんたちもよぉ」
「ああ……うーん、聞き慣れているからねぇ」
「凹まねぇの?」
「何をへこむことがあるんだい? 私にはこんなに素晴らしいダーリンがいるのに!」
「ちょっとは凹んでくれハニー……」

 ビリーはがっくりと肩を落とす。そう、グレースはこういう人間なのだ。自分の興味があること以外には我関せず。例え自分を貶めようとする言葉であっても、それは彼女の範囲外だ。しかし、ビリーはこの苛立ちを抱えたままこの会場にいるのはどうにも不快であった。
 ビリーは持っていたグラスを傾け、全ての液体を機体に流し込んだ。

「――グレース、ちょっとばかし我慢してくれよ」
「え? 何が……うわあっ!?」

 ひょいっ、とグレースの身体が宙に浮く。
 ビリーが肩の上に担ぎ上げたのだ。
 そしてそのまま会場を駆け抜けると笑いながら言った。

「わりぃな! 俺、急いでこいつに体見てもらわないとだから~、連れて帰るぜ~!」

 グレースを抱えたままスタコラサッサと楽し気に走り抜けるビリーを、パーティの参加者たちは可笑しなものでも見るように視線を向けていた――。

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