短編『街灯の下で笑って』 - 4/4


 ***

 ――パーティ会場を離れ、ビリーは街灯の下にあるベンチへとグレースを下ろした。外はすでに暗くなっており、仕事帰りの人々が道を歩く様子が伺える。ビリーは満足気にグレースの横にどっかりと座ると、ベンチの背もたれに体を預けた。

「いやー、ははっ、すまねぇな。どうにも俺様はあのパーティってのが合わなかったみたいだぜ。もっとあそこにいたかったか?」
「うーん、いいや。私も早く帰りたいと思っていたんだ。あそこにいても研究は進まないしね」
「ま、だろうな」

 体を起こし、ビリーは隣に座るグレースの顔を覗き込む。グレースはしばし足元を見つめていて、小さくため息を吐いた。それからハイヒールを脱ぐと、摩擦で赤くなった足をばたつかせた。

「こーんなかっこしてさ、馬鹿みたいに種類のある料理を食べて、美味しくもないお酒を飲んで……一体何が楽しいのか私にはわかりかねるよ」
「だよなぁ」
「もしかすると君、私を思ってあそこから連れ出してくれたのかい?」
「それ以外何があんだっての!」
「あ……はは、そうか」

 グレースは小さく笑い、それから堪え切れないとでも言うように大きな口を開けて笑い始めた。

「あっはは、あっははははは! いやあ、ははっ! そうか、君は私が愚弄されたと思って助けようとしてくれたのか! あはははっ!」
「おいおい何がおかしいんだよ……」
「ふふっ、いやぁね、なんというか……実に人間らしい行動に思えてね。私なんかよりもよっぽど」
「そうかぁ?」
「……ああ、いいね。君のその思考回路を少し覗いてみたい。きっと私とは違う電流の流れ方をしているんだろう。ふふっ、君はいつも私に驚きをくれるよ」

 グレースはそう言うと、ビリーの身体にぎゅっと抱きついた。
 ビリーは突然のことに何も言えず、ただそのまま黙っていた。

 静かな空気が流れる。
 通りを歩く人が減り、二人きりになったところでグレースが口を開いた。

「……スーツが邪魔だな」
「もうちょっとムードのある言葉言えねぇの?」
「だって邪魔じゃないか、君の魅力はそのメタリックフォルムだというのに!」
「はぁ、そりゃどうも~」

 ビリーは呆れかえりながらも、グレースが触れている部分の熱が上がってきていることに気が付いた。排熱が上手くいっていないのかもしれない。先日メンテナンスをしたばかりなのになぁ、とビリーは首を傾げた。

「そういえば君、さっきのアレは全部飲んだのかい?」
「あ? アレって?」
「ほら、最初にもらったグラスに入っていただろう?」

 そう言われ、確かにくるくると回していたグラスの中身を、グレースを抱きかかえる前に全て飲み干し近くのテーブルに放ったことを思い出す。

「……飲んだなぁ。あれってなんだったんだ?」
「おや、聞いていなかったのかい? あれは知能構造体向けに配合された化合物で、主にバイオマスエタノールから成っていてそこへニトロフューエルと微量のエーテル物質を混合させてできた新発見の――」
「もっとわかりやすく言ってくんない?」
「ふむ。簡潔に言うとだね、知能構造体用のお酒だ」
「お酒?」

 ビリーは首を傾げる。
 人間が摂取する酒はもちろん知っているし一度口にしたこともあるが、それは機械人である彼の機体に何かしら作用することはない。全て分解されるからだ。しかし今はいつも感じたことのないような――動作の鈍りを少し感じていた。

「へぇー……これが、酒ってやつの感覚なのか」
「私はそんなもの必要ないと思うんだけどね、世の中には『知能構造体をもっと人間らしく扱おう!』なんて奴らがいるのさ。知能構造体にもストレスは溜まる、それを緩和させる為に動作を遅らせて起動中もスリープに近づけて一部機能をほぼ停止させる……なんて。普通にスリープした方が手っ取り早いと思わないかい?」
「そりゃごもっとも」
「こんなものは必要かどうかではなく、結局のところ必要ではないモノをいかに必要にさせて経済を回すかという話なのさ。どうだい、無駄なことばかりする人間の考えそうなことだろう?」

 グレースは可笑しそうに笑う。
 その様子はいつもよりも子どもっぽくて、ビリーは不思議に思った。

「なあ、あんたも酒が入ってんのか?」
「え? ああー……飲んでるように見せようとして何度か口をつけていただけなんだけど。もしかすると酔ってしまったのかもしれないね」
「あんた酒弱ぇんだな」
「摂取する機会がほぼ皆無なんだよ」

 そう言うとグレースはハッと何かに気が付くようにビリーから離れると、輝かしい表情でポンと手を打った。

「酒に酔った君なんて滅多に調べられない良い機会じゃないか! 今すぐ帰ろう! 帰って私の部屋で隅々まで見させてくれ!」
「ええ~……なんか言い始めちゃったよこの人……」
「ほらほら早く立ち上がって! ……おっ、とと……」

 立ち上がろうとしたグレースが、よろける。ハイヒールを脱いでいたことを忘れていて痛みで体勢を崩したのだ。ビリーはそれを慌てて支えると、彼女をベンチに再度座らせた。

「……それ脱いでんのはよぉ、この赤いとこが痛いからなのか?」

 ビリーはグレースのかかと付近を指差し、訊く。

「あ、ああ……あはは、こういう靴は、慣れないからね」
「ふーん」

 そして何か考えたようにすると、ビリーはグレースをひょいと横向きに抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

「わっ、ちょっとどうしたんだいビリー!」
「足が痛ぇんならよ、俺が持ってってやるぜ。ほら、あんたはこの靴持てよ」
「ええ~? 君だって今酔っている状態なのにこのまま歩けるかい?」
「大丈夫だっての! まかせとけ!」
「あははは! ほんとかい?」

 グレースは可笑しそうに笑うと、ビリーの首にぎゅっと抱きついた。
 いつも冷たいボディが、少しだけ熱を帯びていてグレースは感心する。

「これはよくないね、飲むもんじゃないよあんなもの」
「もう飲まねーよあんなもん」
「ふふっ、そうだねぇ。……あー、なんだか楽しくてたまらないなぁ。お酒ってのもたまにはいいもんだね! でも帰った頃にはアルコールが抜けていてくれないと、研究に支障をきたしそうだ!」
「それじゃーのんびり帰るとするぜ。そうすりゃアルコールってのも少しは抜けんだろ」
「ふふっ、でも早く帰りたいよ。――今日は朝まで君を調べ尽くそう。どれくらいで君の“酒”が抜けるのか経過観察しないとね!」
「朝までコースは勘弁してくれぇ~」

 楽しそうな声が街中に響く。
 機械人に抱き上げられた人間が嬉しそうに笑う様は、
 周りからは奇異の目で見られたことだろう。

 しかし本人たちだけが知っている。
 自分たちは恋人なのだ、と。


「グレース」
「なんだい?」
「パーティ途中で抜けたからって次の修理代サービスはなかったことにならないよなぁ?」
「それはこの後の協力次第だね!」


 ――機械人と人間の不可思議な関係はこの先も続いていく。


 <了>

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