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――開始時刻になると全ての席が埋まり、柳を含む幹事たちが前へ出て挨拶を始める。
今回入った新人執行官や他の部署の新人たちが前へと出て名前など一言二言コメントをした後で、お腹を空かせた参加者たちの為にすぐに料理が運ばれてきた。
「――わぁ~! カニさんだぁ!」
蒼角の嬉しそうな声が上がる。
ほかほかと湯気を上げる鍋の中にぎっしりと詰まっている蟹に興奮しているようだ。
「はい蒼角ちゃん、取り皿」
「ありがと~! ねね、もう食べてもいいんだよね?」
「いいよ、いっぱい食べな~」
「わーい!」
満面の笑みで鍋の具材を取り、口に運ぶ。
とても美味しかったようで、蒼角はほっぺを両手でむぎゅっと抑えると「んん~!!」と甘美の声を発した。
蒼角の様子に対面に座っている柳も微笑んでいる。
テーブルの上の料理は蒼角の口にみるみるうちに吸い込まれていき、追加注文した料理は慌ただしく店員たちが運んできた。
前もってお店に食材を大量注文をしていた柳はほっとしている。
「――あの、浅羽先輩」
ふいに呼びかけられ、悠真は首だけを動かして振り返った。
すぐ傍に腰を下ろしているのは新人執行官数名。
どうやら挨拶に来たようだった。
彼らは悠真が指導をしている者たちらしく、以前行った訓練や実践指導について語っていた。
「みんなハルマサのコーハイなの?」
ひょいと悠真の陰から蒼角が顔を出して新人執行官たちを見る。
男性執行官数名に、女性執行官数名。
皆悠真を尊敬しているようで熱心に彼と語りたがっていた。
「別に僕だけの後輩ってわけじゃないよ。蒼角ちゃんだって先輩でしょ?」
「そっか、わたしもセンパイだ! コーハイさんたち、ホロウでのお仕事がんばろーね!」
にこっと蒼角が笑うと、毒気が抜かれるのか新人執行官たちは頬を緩ませた。
「浅羽先輩、ビール注ぎますよ!」
「いや、僕飲まないから……」
「そうなんですか!?」
「あ、じゃあ蒼角先輩は……飲まない、ですよね?」
「蒼角もおさけ飲まないよ!」
そう返事をすると新人執行官たちは苦笑いで持っていたビール瓶を下ろし、「それじゃあ行きますね」と他の席へと移っていった。
「コーハイさんたち、おさけをみんなに入れてくれるの?」
「そうみたいだねー。別にそんなんしなくたっていいのにさ」
「しなくていいのに、してるの?」
「そうした方が上に喜ばれるからねぇ」
悠真はまだ皿に残っていた鶏皮の串を取ると、ゆっくりと味わって食べた。
すると隣で突然笑い声が上がる。
驚いてそちらの方に二人とも顔を向けるが、どうやら何かの話題で盛り上がっているようだ。
すると悠真は「うわぁ」と呟くような声で言った。
「ハルマサ、どしたの?」
「あーいや僕……ちょっとトイレに行ってこようかな」
そう言うと少し遠回りをするようにして壁伝いに宴会場を出ていってしまった。
「……ハルマサ、お腹痛いのかなぁ?」
蒼角の疑問に、柳は首を振った。
「多分、逃げたんですよ」
「逃げた?」
「すぐ近くに、彼の苦手な人がいるようですから」
蒼角はきょろきょろとするが、『苦手な人』が誰なのかはわからずじまい。
うーんと唸ってみるが、考えても仕方ないとすぐに思い至り、また目の前の料理に手を伸ばした。
――それから十数分後、少し離れた場所で「浅羽くんじゃないか!」と聞こえた。
「?」
蒼角や、雅に柳も声の方を見る。
入り口付近に悠真が困ったような笑みを浮かべて立っていた。
彼に声をかけた主は、先ほど六課のテーブル近くにいた男だと蒼角以外の二人は気が付いていた。
こちらのテーブルに戻ってこようとしていた悠真だったが、男性に手を引かれほとんど無理矢理席に座らされている。
何を離しているかはこの距離ではわからない。
蒼角はごくごくと鍋のスープを飲み干すとそちらをじっと見ていた。
「――ほら、こんな機会なんて滅多にないじゃないか。一杯くらい飲んだっていいだろう?」
「いやいや、僕今日はお酒飲まないって決めてるんで~!」
「そんなこと言うもんじゃないよ、まだまだ若いだろう! ああ、君の指導している新人たちもなかなか良い功績を上げてきているじゃないか」
「ははは……いやそれは僕個人の力ではなくて彼らの頑張りですから」
「なら尚更今日は飲んで彼らを労ってやらないとなぁ! なぁそうだろ?」
饒舌な中年男は豪快に笑うと持っていたグラスを傾けた。
隣に座っている新人執行官もにこにこと笑って悠真を見ている。
他の数名は少し苦笑いを浮かべてもいたが……。
「それなら僕じゃなくって新人くんたちに飲ませてあげてくださいよ」
「なーに、もう飲ませてるさ。しっかり褒めてやらんとだからな!」
「うんうん、ほんといい子たちですよね~。飲み込みも早いし~。僕なんかあっという間に追い抜かされちゃう! ってなことで僕は端っこで大人しくご飯食べてるんでぇ。うちの課の人たちも待ってるし――」
「なーに一杯付き合ってから戻ってくれればいいさ。ほら、そこの空いてるグラス持って!」
悠真がグラスを持たないでじっとしていると、男は痺れを切らしたのかグラスを手に取って悠真に持たせた。
そこへ並々と酒が注がれる。
テーブルに置かれていたビールではなく、彼が頼んだ焼酎だ。
悠真は貼り付けていた笑顔を引きつらせた。
「これからも六課には期待してるんだ、雅課長や月城副課長だけでなく、君にもより頑張ってもらわないとな!」
「はあ……どうもありがとうございますー」
仕方なし、悠真はグラスに口を付けると焼酎を少し喉に流し込んだ。
熱く焼けるような感覚が通り過ぎていく。
ゆっくり胃の中に落ちていくと、アルコールの匂いが口の中から漏れだした。
別部署の男性はそれに気を良くしたのか、嬉しそうに悠真の肩を叩きまた何某かの話題を語り始めた。
悠真はそれに相槌を打ち、また一口、二口と、急かされるようにグラスに口を付けている。
その様子を、
蒼角は遠くのテーブルから見つめていた。
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