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「――ナギねえ、ハルマサ大丈夫かなぁ」
「うーん……そうですね、少し心配ではありますが……とはいえ浅羽隊員もいい大人ですよ。きっと大丈夫です」
「そうかなぁ……」
蒼角はしゅんとした様子でコップを握っている。
ちらりと向こうに視線をやれば、まだ悠真が捕まっているのがわかった。
表情までは捉えきれないが、相手に合わせて軽く笑っているようだ。
そしてそこへ話に入っていく新人執行官たちも数名。
傍から見れば楽しそうな様子に、蒼角は少しだけ複雑に思う。
「ねぇ、ナギねえ、ボス――」
そう話しかけようとしたが、二人の周りには別の課の女性たちが集まってきていて何事か話している。
普段関わることのない者たちがこれを機にと二人とお近づきになりたいようだ。
そんな状況に、蒼角は黙って水を飲んだ。
(飲み会って、あんまり楽しくないんだなぁー……)
むすっとして、蒼角は唇を尖らせる。
隣に悠真がいればきっと楽しくお話できただろう、と思うが、その悠真は今離れた場所で歓談中だ。
テーブルにあった料理も粗方食べ終えてしまっていて、今はつまみになるようなものと酒瓶が置いてあるのみ。
わたしもおさけが飲めれば少しは楽しかったのかな、と蒼角は思ったが――酒に対する興味も然程なくそんな考えはすぐに薄れていった。
「――浅羽さん、具合悪いんですか?」
遠くから聞こえた誰かの声。
蒼角は耳をぴくんと動かして反応する。
雅や柳はその声が聞こえていなかったようだが、蒼角はざわざわと胸が騒いでまた悠真の方を注視した。
彼はテーブルに肘をついていて、顔は俯き表情が見えない。
先ほどまで話していた男は呆れたような様子で悠真を見ていたが、今悠真の周りにいるのは新人の女性執行官や他の部署の女性ばかり。
どうしてあんなに女の人たちに囲まれているのか、と蒼角は不思議に思った。
「――もしかして酔っちゃいました?」
「浅羽先輩、お酒弱いんですね……私すすめすぎちゃったかもどうしよう」
「浅羽くん、こっちで横になる?」
心配する声が悠真の頭上で飛び交っている。
普段酒を飲まない上、度数の高いものを急に摂取した為に酔いが回るのは早かった。
目を開ければ視界が揺れ動き、意識も遠くへ行ってしまいそうになる。
早まる心臓の音に、悠真は焦りを感じていた。
動きが鈍っている悠真の肩に、誰かの手が載せられる。
心配している女性のうちの一人だろう。
多分他の課の執行官だ、と悠真は思った。
「一人じゃ帰れなさそう? 帰る方向一緒だし、帰りは私が送って行こうか」
優し気な声。
だが妙にべたついた声で――悠真は吐き気を催した。
「もう部長、浅羽くん体弱いのにお酒飲ませすぎなんですよぉ~」
「おいおい、前はもう少し飲めていたんだぞ。普段から飲まなさすぎるのが悪いんだ。肝臓が弱っていく一方だ!」
「そんなことあるわけないじゃないですかぁ」
どうでもいい応酬。
しかしすごく遠いところでやりとりしているように聞こえ、悠真は瞼を落としていく。
「――浅羽くん、帰りはタクシー呼んでおくから一緒に帰りましょ」
撫でるような声が耳に入り込んでくる。
それに返事もできず、悠真は呼吸を震わせた。
(ああ、最悪……ほんと、端っこで横になってようかな。誰かの世話になんて絶対なりたくな――)
ぎゅ、と袖が握られた。
他の人たちとは違う、小さな手。
悠真はうっすらと目を開け、その手を見た。
――蒼い肌。
「……ハルマサ、だいじょぶ?」
不安そうな表情の蒼角が、そこにいた。
「……あれ、蒼角ちゃん……?」
「ハルマサ、全然戻ってこないから……具合悪くなっちゃったの?」
「ん、ちょっとね」
「………」
袖を掴む手がぎゅううっと強くなる。
心配そうな彼女の様子に、悠真は思わず抱きしめたくなった。
が、ここではさすがにダメだとブレーキをかける。
「少し横になれば……大丈夫だからさ」
「そうよ、蒼角ちゃん。心配だろうけど帰りは私が送るから安心して」
他の課の女性執行官はにこりと幼い子をあやすように微笑む。
それを見た蒼角は、さらに胸がざわつくのを感じた。
この感情が一体なんなのかうまく言葉にできず、もやもやとしてしまう。
ただこのまま他の人に彼を託すのは嫌だと、思えた。
「――ハルマサは蒼角のだから、わたしが連れてく!」
そう言って立ち上がった蒼角に、周りにいた人々は目を丸くする。
離れている六課のテーブルでも、雅と柳が驚いたようにこちらを見ていた。
しばし静けさに包まれた宴会場の中を、蒼角は早歩きで駆け抜けていき、六課のテーブルまで戻ってきた。
そこで自分の上着や悠真の上着に鞄を掴む。
「ナギねえ、ハルマサ具合わるそーだから帰るね!」
「え、えっ?」
「ボスはまだメロン食べてないから帰らないでしょ? ナギねえのことよろしくね!」
「ああ、よろしくされよう」
蒼角は荷を抱えまた悠真がいるテーブルへと戻ってくると、悠真の背中をそっと摩った。
「ハルマサ、帰ろ?」
「う……うん?」
「わたしが連れてくよ!」
「ああ……うん、ありがと……」
不思議そうな視線が集まる中、蒼角は悠真を立ち上がらせようとした。
だがふとテーブルの上にあるグラスに目が行く。
悠真が飲んでいた焼酎だ。
一杯目は空になるまで飲んだのか、今は二杯目が並々と注がれていた。
「………」
蒼角はそれを手に取り――
一気に飲み干した。
それを見ていた人間たちは唖然としている。
空気が一瞬凍ったようにも感じた。
「……うーんなんかお水みたい? でもこれあんまり美味しくないね。もうハルマサに飲ませちゃだめだよっ! それじゃーばいばいっ!」
蒼角は顔色一つ変えずにそう言うと、悠真に肩を貸して宴会場を出ていった――。
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