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夢から醒めたように意識がはっきりした時には、悠真は自分の部屋にいた。
スーツのままベッドの上に寝転んでおり、ぼんやりする頭を抱えて起き上がった。
「――あれ、さっきまで店にいたのに」
不思議そうにしていると、遠くからぺたぺたと足音が聞こえてきた。
「あ、ハルマサ起きてる!」
ペットボトルの水を手に、蒼角が寝室へとやってきた。
「蒼角ちゃん……? あれ、今日って泊まる日だったっけ」
「お泊まりは明日のつもりだったけどー、ハルマサ具合わるそーだったから一緒に帰ってきたんだよ!」
「え……あー……そう、だったっけ」
思い出そうとしている悠真に、蒼角は「はい」とペットボトルを手渡した。
「お水どーぞ!」
「あ、うん……ありがと」
「おさけって飲んだら、どんなふうに具合悪くなるの?」
「えー……と、頭がふらふらしたり、気持ち悪くなったり、鼓動が早くなったり……」
「そうなんだぁ。もしかしてそれって、人間だけなのかな?」
「え?」
「蒼角も飲んでみたけど、変な味のお水って思っただけだったから」
「……蒼角ちゃん、飲んだの?」
眉を顰め、悠真が蒼角を見る。
蒼角は怒られるのだろうか、と視線を逸らした。
「だ、だってー……ハルマサがそれ飲んで具合悪くなっちゃったから、なんかすっごくムカッてしちゃって。それに、まだコップに入ってたから、ハルマサが帰っちゃったら捨てなきゃいけなくなっちゃうでしょ? も、もったいないかなーって……」
「ハア……飲まなくていいよ、そんなの。蒼角ちゃんは具合悪くない?」
「全然大丈夫だよ! お酒ってどのくらい飲んだら具合悪くなるの?」
「人によるけど……もしかしたら鬼族には並みの度数の酒じゃ酔わせらんないのかもな」
「そう、なの?」
首を傾げる蒼角に、悠真は思わず笑ってしまった。
そんな彼の様子に蒼角は嬉しくなる。
「えへへ、ハルマサ~っ」
ぎゅっ、と抱きついた。
体勢を崩した悠真はベッドにそのまま倒れ込む。
「う、ちょっと、苦しい」
「だってだって、ずーっとこうしたかったんだもん!」
「朝職場で会った時も抱きついてきたでしょ」
「でもでも! なんかね、ぎゅってしたかったし、ちゅってしたかった!」
そう言うと蒼角は悠真のほっぺたに優しくキスをした。
「あのね、ハルマサが具合わるそーにしてた時、いろんな人が心配してくれてたよ」
「そうなんだ」
「でもね、蒼角、それがなんかヤだったの」
「……?」
蒼角の声のトーンが落ちる。
何かあったのだろうかと悠真は隣に寝転んだ蒼角の顔を見た。
「……あのねー、みんなハルマサを心配して、だいじょうぶーって、帰りは送ってあげるよーって言ってて。みんなね、すっごく優しくしてくれてたよ。でもね、蒼角、それがすごくヤで……でも、なんでヤなのかよくわかんなくって……胸のこのへんがちくちくってしたの」
「………」
一生懸命に言葉を選んで、
自分の気持ちの形を表現しようとする蒼角に、
悠真は思わず頬が緩んだ。
そしてそっと手を伸ばし、髪を撫でてあげる。
「……蒼角ちゃんもしかして、ヤキモチ妬いてくれたの?」
「え? ヤキモチ?」
「僕を誰かに取られたくないって思ってくれたのかなーって」
そう言われて蒼角は頭の中で他の誰かがハルマサを運んでいってしまう様子を想像した。
「それはヤだ!」
「あはは」
「あ……そっか、だから私、ハルマサは蒼角のだからって、言っちゃったんだ」
自分の行動を振り返り、急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめるとベッドの上でばたばたと足を動かした。
「わ~ん、蒼角すっごく子どもっぽい! 恥ずかしいよぉ~!!」
「そうだねぇ、蒼角ちゃんはお子ちゃまだねぇ」
「えーん!」
うつ伏せになっている蒼角の背中を、悠真はとん、とん、と叩いてあげる。
蒼角はばたつかせていた足を止めると、真っ赤な顔で悠真を見た。
「……お子ちゃまな蒼角はヤだ?」
「んーん」
「ほんと?」
「僕だって逆の立場なら言っちゃうもんね~。蒼角ちゃんは僕のですよ! って」
「ほんとに? 言う?」
「言う言う~」
「うーん、ハルマサはすぐに嘘つくからなぁ~」
「え!? そこは信用してよ!?」
ツッコミを入れた悠真に、蒼角はけらけらと可笑しそうに笑う。
それからごろんと横向きになると、悠真の顔へと手を伸ばした。
熱くなった頬を両手で包み込み、蒼角はじっと彼を見る。
「……あのねー、ゴハンはすっごく美味しかったけど、もうあーゆー飲み会は行きたくないなって思っちゃった」
「ん、そっか」
「たーくさん人がいると、疲れちゃうね! ゴハンも他のひとが食べれるようにって気をつかわなきゃだし」
「そーだね~」
「それに、ハルマサがいなくなっちゃうと、つまんない」
むすっとした顔で、蒼角は頬を膨らませる。
それを悠真は指でつついた。
「僕も結局飲ませられるなら六課の席にいればよかったなって思ったよ」
「そうなの?」
「そうしたら蒼角ちゃんも飲んでないんで~って言えたのになぁって」
「あ! そうだよ蒼角タテになるって言ってた!」
忘れてた~と言う蒼角に、悠真はうんうんと頷く。
「――はあ、とにかくさっさと帰ってこれてよかった。もう眠いし、このまま寝ちゃおっかな~」
「ハルマサ、スーツ着たまんまだよ? そのまま寝たらシワになっちゃうんでしょ?」
「うーんそうだった。でも着替えるのもめんどくさいしな~、ねむたいな~」
「……蒼角がお着替えさせてあげよっか?」
「それもいいかも」
悠真はにやりと笑うと自分の頬を包んでいた蒼角の手を引いてぎゅっと抱きしめた。
「でも充電が先!」
「じゅうでん~??」
「蒼角ちゃんに触りたくてたまんなかったから~、お着替えはそのあと」
「えへへー、わかった!」
ぎゅううううう、と抱きしめ合う。
頬をすり寄せ、擦れる肌に楽し気な笑い声が上がる。
そのまま一度唇に優しくキスをすると、
二回目は長く長く、触れるだけのキスをした。
いつのまにか悠真が蒼角を押し倒すような恰好になっていて、
蒼角はそんな彼を見上げる。
「――あれ、ハルマサ、起き上がれるなら自分でお着替えできるね!」
「あ……僕としたことがつい」
「じゃ、寝る準備しよ!」
「うーん、寝る前にシャワー浴びてこよっか」
「はぁ~い」
悠真が蒼角の手を引いて、二人ともベッドから体を起こす。
遠くで二人のスマホの通知音が鳴っていたようだったが、気づかずにバスルームへと向かって行った。
どちらのスマホにもメッセージが届いていて、送り主は柳である。
どうやら悠真と蒼角の二人が途中で帰ったことについて様々な人間から質問攻めにあったとのことだった。
『業務に支障をきたすと困るので、二人の関係については特に明言しないでくださいね』
とのことで――
後日、H.A.N.D.中に二人の関係について様々な推測、憶測が飛び交うことになる。
とはいえそれについて二人が困ったり、悩んだり、何かを隠すようなこともなく、次第に噂は下火になっていった。
日常はただ、さざ波のごとく過ぎていく。
「――それじゃ蒼角ちゃん、電気消すよ」
「はーい。……ハルマサ、具合悪いの治った?」
「いやぁ、さすがにまだ酔いは醒めないけど」
「じゃー明日はおうちでのんびりだね!」
「そーだね。一緒にだらだらしちゃおっか~」
「ふふっ、ごろごろだぁ~!」
「それじゃ蒼角ちゃん、おやすみ」
「うん、おやすみハルマサ!」
明かりが消え、
蒼角の額にキスが落ちる。
嬉しそうに額を撫でると、
蒼角は隣で横になる悠真の手をぎゅっと握った。
<了>
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