***
「焼肉だあー!!!」
嬉しそうな声が個室全体に響く。
今にもよだれを垂らさんばかりの様子に、悠真は苦笑した。
焼肉店にやってきた二人は個室席に案内され、当初の目的通り食べ放題コースを頼んだ。
「野菜もいっぱい食べてね~」
「はあーい! お肉追加していい!?」
「待って、今最初の肉来たばっかだよ」
「ええ!? だって焼肉食べ放題でしょ!?」
それから蒼角は嬉しそうに野菜も肉もたくさん鉄板の上に並べると焼けるのを待った。
肉を焼くのは彼女に任せて、悠真はサイドメニューに目を通している。
二人とも最初に頼んでいたウーロン茶を喉に流し込むと、焼けた肉を取って食べ始めた。
「美味しい~♪」
「ん、美味しいね。あれ? もうご飯ないの?」
「えへへへぇ……お肉焼けるの待ってる間に食べちゃった。おかわりする!」
「はいはい」
肉を食べ、
米を食べ、
野菜を食べて、
追加注文。
さらにサイドメニューを……
食べ放題となると蒼角との食事はほとんど戦場に近い。
さらに調理場は言うまでもなく地獄だろう。
そんな一時間半を過ごし、一旦お腹が落ち着いたのか蒼角はお手洗いに行った。
しかし落ち着いたとはいえ、帰ってくるとまた嬉しそうに追加注文で届いた肉を焼き始めるのだが……。
「――僕もちょっとトイレ」
「ハルマサが戻ってくる頃にはお肉なくなってるかも! 頼んでおく?」
「いや、いいかな~。すぐ戻ってくるから」
「はぁーい!」
個室に蒼角を残し、悠真は廊下を進む。
バレると厄介なのですれ違う人と顔を合わせないようにしつつ、男性用トイレの近くまで辿り着いた。
「ねぇねぇ、さっき蒼角ちゃんがいた!」
聞こえてきたのは少し離れた席の声。
どうやら女性二人組の客らしい。
「蒼角ちゃん焼肉いっぱい食べてるのかなぁ」
「お腹いっぱいになってほしいよねぇ」
「なんか眼鏡もかけてたしお忍びだったりするのかな?」
「ええ~じゃあ声とかかけない方がいい感じ?」
そんなふうに話しているのを聞きつつ、悠真はトイレへと入っていった。
(蒼角ちゃんのファンはちゃんと弁えててえらいな)
ファンの中には少々距離が近すぎたり面倒ごとになってしまう者がいることもある。
(雅課長なんかは厄介なファンに詰め寄られて何度も逃げてるのを見てるし、僕のファンもなかなか濃ゆいメンツがいたりするし……蒼角ちゃんのファンに変なのが少ないのは安心かなぁ。油断はできないけど)
――お手洗いから帰ってきた悠真が個室席の戸を開けると、中にはちょうどすべてを平らげた蒼角がいた。
「あ、ハルマサ! 来たやつ全部食べちゃったよぉ~。何か頼む?」
「いやーいいかな」
一体この二時間近くでどれだけ食べたのかと計算して思わず顔が引きつってしまう。
常人では考えられない量であることは間違いないだろう。
それもわかっていたことか、と諦めて悠真は席に座った。
「蒼角ちゃんはモテモテだよね~」
「ええ? どーゆーこと?」
「さっき蒼角ちゃんの話をしてる子たちがいたからさぁ」
「そうなんだ! もしかして、こんにちはーって声とかかけてあげた方がいいかな!?」
「んー今日はかけなくていいんじゃないかな」
「どうして?」
「だって僕とデート中でしょ」
「そっかぁ~」
「……美味しかった?」
「とっても美味しかった! ハルマサ、もうお腹いっぱい?」
「僕はもう十分でーす」
「ええ~! 蒼角の半分も食べてないよ~?」
「蒼角ちゃんは満足した?」
「うーんと……うん! 食べたいのは全部食べたし、満足!」
「そっか」
悠真はにっこり微笑むと、ちょいちょいと手招きをした。
「?」
蒼角は不思議そうな顔をしながらも立ち上がり、悠真の横へとやってくる。
隣に座った蒼角を悠真はそっと抱き寄せた。
「なんかちょっと妬けちゃうなぁ~。蒼角ちゃんにたくさんファンがいてさぁ~」
「え~?? それならハルマサだってモテモテなの知ってるよ!」
「ん?」
「だってよくファンの人たちの中で『マサマサー!』って叫んでる男の人見るもん」
「うーん、それ僕としてはなかなか複雑なんだけどねぇ」
苦笑いをする悠真を、蒼角は彼の腕の中から見上げた。
「わたしも叫んだ方がいい!?」
「いやいやなんで」
「叫んだら愛のおっきさが伝わるのかなって!」
「あっはは」
「なんで笑うの~!? わたし、真剣に考えて言ってるよ!?」
「ふふっ、だって、ははは。そんな叫ばなくたってね、伝わってるよ」
「そうなの?」
「どれだけ遠いとこから叫ぶよりもさ、僕の耳元で好きだよって言ってくれる方が伝わるじゃない」
「そっかぁ~」
そう言うと少し考えたように蒼角は体を離し、正座をした。
そしてずいっと顔を近づけると、「好きだよっ」と言ってのける。
そんな彼女の様子に、悠真はまたしても笑ってしまった。
「ぷっくくく……」
「ハルマサ笑わないでよぉ、わたしちゃんとマジメに言ってるよ!」
「ふふっ、わかってるって……ぶっはは」
「も~!!」
今にも怒り出しそうな蒼角に、悠真はかけていた眼鏡を外し目尻に溜まった涙を拭いてから、彼女の頭を撫でた。
それから背中に手を回し、肌ざわりの良いニットのワンピースの質感を指の腹で感じる。
そして少し体を屈めて、蒼角の胸元に顔を埋め――
彼女の柔らかいところに頬擦りをして、深呼吸をした。
「……うーん、焼肉臭い」
「お洋服も焼肉食べちゃったね!」
「そうだね~、ちゃんとクリーニングしなよ」
「はーい」
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます