#2 おそろいデートといじわるの味 - 4/4


 ***

 焼肉店を出ると外は暗くなっており、地下鉄駅に近づくにつれ人は多くなっていった。
 悠真の部屋はここから歩いてすぐだが――蒼角はこのあと柳の待つ家へと帰るつもりだ。

 真っ直ぐ地下鉄駅へと向かおうとしていた蒼角の手を引いて、悠真は細い路地へと入った。
 あまり人目につかないそこで、蒼角の手を離せずにいる。

「ハルマサ、どうしたの?」
「もう帰っちゃうのかぁーって」
「うん。今日はナギねえとビデオ見る約束してるんだ~」
「なんのビデオ?」
「えーっとねぇ、プロキシが貸してくれた『波乱万丈ジェシー最後の大恋愛!』っていうやつ!」
「待って、それほんとにおもしろいやつ?」

 苦笑いをする悠真に、蒼角はお話のあらすじを言って聞かせ、すごく楽しみにしていることを興奮気味に語った。
 聞く限りどうも面白そうには聞こえないのだが、悠真はうんうんと相槌を打っている。

「……はあーあ。蒼角ちゃんのこと帰したくなくなっちゃったなぁ。ねぇ、もう一日泊まってかない……?」
「ううーん、お泊りしたいけど……でもナギねえと約束したから今日は帰る!」
「わかってたけどバッサリだな……」

 悠真は残念そうに肩を落とすと、蒼角の手を離した。
 蒼角は離れていった手に少しだけ寂しさを感じると――閃いたように顔色を明るくさせた。

「……えっと、お泊まりはできないけど、最後にちゅーしてあげる!」

 彼女がそう言うと、悠真はきょとんとして、それから少し屈んでみせた。
 近づいた距離に気を良くして、蒼角は悠真の頬を両手で包む。

 ――ちゅっ

 とキスをした。

「これで一週間、持ちそう?」
「……持たない」
「ええ~!? 持たないの!?」

 あまりの即答に蒼角は驚いてしまった。

「はぁー……でも我慢するよ。次にうちに来たらもっといっぱいキスさせて」
「ふぇぇ……い、いーけどあんまりちゅーしすぎたらお口ふやけちゃうよ~」
「あはははは! ふやけちゃうんだ。くくっ、おっかしいな……」
「笑い過ぎだよハルマサー」
「ごめんごめん、あんまり可愛いから。じゃあふやけてとろとろになっちゃうまでちゅーしちゃおうかなぁ」
「ハルマサいじわる!」
「そうだよ、僕がいじわるなのは知ってるでしょ?」
「知ってる!」
「ねえ、じゃあさ、最後にもっかいだけキスしてよ」

 ね?
 と、にっこり笑顔で小首を傾げる悠真。
 左手の指先は今日彼女にプレゼントしたピアスを撫でていて、
 蒼角は顔を徐々に赤らめて唇を尖らせた。

「う、ううー……もっかいだけだよぉ~?」
「うん」

 目を瞑った悠真に、
 蒼角が唇を寄せる。

 優しく押し付けた唇。
 温かい舌先が彼の唇を舐めて、

 それから

 

 ――ガリッ

「いっ……た!?!?」

 突然の唇の痛みに悠真は目を白黒させた。
 噛まれたのだ。

「あははは! わたしもいじわるしちゃった!」
「ちょ……痛いからね!? ほんとに!!」
「あははははっ!」

 笑って、
 蒼角はもう一度悠真の頬を両手で挟む。

 そしてじわりと浮いた血液をちゅううっと吸った。

「……じゃあわたし帰るね、またねハルマサ!」

 蒼角は楽しそうに走って地下鉄駅へと向かってしまった。
 路地裏に残された悠真は唇から滲む血を舐めて苦笑いをする。

「ったく、思いっきりやったな……」

 彼女の暴力的な無邪気さに圧倒されながら、悠真はビルの壁に体を預けた。

「はー……次来たら僕だって容赦しないからね」

 口の中に広がる鉄の味を感じながら、次は自分も噛みついてみようか、などと考えて悠真はひとり帰路に就いた――。


 <了>

ずっといちゃいちゃしてる話。
※最後だけちょっと痛い

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