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焼肉店を出ると外は暗くなっており、地下鉄駅に近づくにつれ人は多くなっていった。
悠真の部屋はここから歩いてすぐだが――蒼角はこのあと柳の待つ家へと帰るつもりだ。
真っ直ぐ地下鉄駅へと向かおうとしていた蒼角の手を引いて、悠真は細い路地へと入った。
あまり人目につかないそこで、蒼角の手を離せずにいる。
「ハルマサ、どうしたの?」
「もう帰っちゃうのかぁーって」
「うん。今日はナギねえとビデオ見る約束してるんだ~」
「なんのビデオ?」
「えーっとねぇ、プロキシが貸してくれた『波乱万丈ジェシー最後の大恋愛!』っていうやつ!」
「待って、それほんとにおもしろいやつ?」
苦笑いをする悠真に、蒼角はお話のあらすじを言って聞かせ、すごく楽しみにしていることを興奮気味に語った。
聞く限りどうも面白そうには聞こえないのだが、悠真はうんうんと相槌を打っている。
「……はあーあ。蒼角ちゃんのこと帰したくなくなっちゃったなぁ。ねぇ、もう一日泊まってかない……?」
「ううーん、お泊りしたいけど……でもナギねえと約束したから今日は帰る!」
「わかってたけどバッサリだな……」
悠真は残念そうに肩を落とすと、蒼角の手を離した。
蒼角は離れていった手に少しだけ寂しさを感じると――閃いたように顔色を明るくさせた。
「……えっと、お泊まりはできないけど、最後にちゅーしてあげる!」
彼女がそう言うと、悠真はきょとんとして、それから少し屈んでみせた。
近づいた距離に気を良くして、蒼角は悠真の頬を両手で包む。
――ちゅっ
とキスをした。
「これで一週間、持ちそう?」
「……持たない」
「ええ~!? 持たないの!?」
あまりの即答に蒼角は驚いてしまった。
「はぁー……でも我慢するよ。次にうちに来たらもっといっぱいキスさせて」
「ふぇぇ……い、いーけどあんまりちゅーしすぎたらお口ふやけちゃうよ~」
「あはははは! ふやけちゃうんだ。くくっ、おっかしいな……」
「笑い過ぎだよハルマサー」
「ごめんごめん、あんまり可愛いから。じゃあふやけてとろとろになっちゃうまでちゅーしちゃおうかなぁ」
「ハルマサいじわる!」
「そうだよ、僕がいじわるなのは知ってるでしょ?」
「知ってる!」
「ねえ、じゃあさ、最後にもっかいだけキスしてよ」
ね?
と、にっこり笑顔で小首を傾げる悠真。
左手の指先は今日彼女にプレゼントしたピアスを撫でていて、
蒼角は顔を徐々に赤らめて唇を尖らせた。
「う、ううー……もっかいだけだよぉ~?」
「うん」
目を瞑った悠真に、
蒼角が唇を寄せる。
優しく押し付けた唇。
温かい舌先が彼の唇を舐めて、
それから
――ガリッ
「いっ……た!?!?」
突然の唇の痛みに悠真は目を白黒させた。
噛まれたのだ。
「あははは! わたしもいじわるしちゃった!」
「ちょ……痛いからね!? ほんとに!!」
「あははははっ!」
笑って、
蒼角はもう一度悠真の頬を両手で挟む。
そしてじわりと浮いた血液をちゅううっと吸った。
「……じゃあわたし帰るね、またねハルマサ!」
蒼角は楽しそうに走って地下鉄駅へと向かってしまった。
路地裏に残された悠真は唇から滲む血を舐めて苦笑いをする。
「ったく、思いっきりやったな……」
彼女の暴力的な無邪気さに圧倒されながら、悠真はビルの壁に体を預けた。
「はー……次来たら僕だって容赦しないからね」
口の中に広がる鉄の味を感じながら、次は自分も噛みついてみようか、などと考えて悠真はひとり帰路に就いた――。
<了>
ずっといちゃいちゃしてる話。
※最後だけちょっと痛い
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