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「すごーいあわあわもこもこ!」
――その日の夜、初めて一緒に風呂に入ることになった。
先に入った蒼角ちゃんが髪や体を洗い終わる頃に、続けて僕が浴室へと足を踏み入れた。
僕が体を洗っている間、蒼角ちゃんは楽しそうに泡と戯れている。
「ほらほら、ハルマサも入って! 風邪引いちゃうよ!」
「え、あ、うん」
腕を引かれて浴槽の中へと足を入れる。
……うちの風呂は狭い。
狭いというか、
うちはごく一般的な単身者向けマンションだ。
風呂の大きさだって高が知れている。
二人で入れば窮屈になるに決まっているんだ。
だから僕が浴槽内に収まれば、
蒼角ちゃんは僕の脚の間ないし、太ももの上に座ることになる。
「すごいねぇー、にゅーよくざいはあんなにちっちゃかったのに、こーんなにもこもこあわあわになるんだ!」
「ん……うん」
「ハルマサ、泡風呂初めて?」
「初めてだけど……蒼角ちゃんは?」
「わたしも初めてー! 色が付いていい香りのする入浴剤はいっぱい使ったことあるけどね!」
それは、蒼角ちゃんと一緒に住む月城さんの趣味で使ったことがあるということだろうか。
色の付いたお風呂でさえ大はしゃぎで入るだろう蒼角ちゃんが想像できて、少し口元が緩んだ。
「このあわあわもいい匂いするね~! なんか……お花の匂い、みたいな?」
「なんとかローズの香りとか書いてなかった?」
「そうだったかも!」
そう言うと蒼角ちゃんは泡を両手ですくって、くんくんと匂いを嗅いでいる。
その拍子に鼻先に泡がついてしまった。
気づいていないのか、彼女はそのままにこにこと泡を潰して遊び始めた。
「蒼角ちゃん」
「なに~?」
「ついてるよ」
「へ?」
僕は鼻の頭についた泡を指で拭おうとしたけれど、
僕の手にもたっぷりの泡がついていてこのままじゃさらにくっついてしまうことになる。
「あははは! ハルマサの手もあわあわ~!」
「うーん、だね」
「待ってね、ハルマサにも付けてあげる」
「ええ??」
泡をたくさん手に取り、蒼角ちゃんが僕の方へ腕を伸ばした。
鼻にちょんと指先が当たり、
それから頭の上にのせるように手が触れた。
「あははっ、ハルマサももこもこ~!」
「あのねぇ」
「ねねっ、たのし?」
「………」
楽しいか、楽しくないか。
訊かれればまあ楽しいと思う。
こんなふうに誰かとお風呂に入ることなんて――
「……蒼角ちゃんと一緒にお風呂入れて、楽しいよ」
「ほんと!? わたしも!」
蒼角ちゃんは嬉しそうに笑うと、僕にぎゅうっと抱きついてきた。
僕の胸と蒼角ちゃんの胸の間で泡が潰れてぷちぷちと音がするよう。
それからすぐにぬるりとした感触が肌を撫でた。
「――っ」
蒼角ちゃんが離れていく。
僕の頬には泡が張り付いていた。
「ハルマサー、泡でなんかつくろ!」
「なんかって?」
「えっとねーうんとねー……そうだ!」
何かを思いついたように、泡をすくい始める。
それを僕の頭の上にのせ始めた。
「ちょっとちょっと、何してんの」
「待ってね! 今作ってるから!」
そう言ってどんどん泡が頭の上に積もっていく。
自分からは何が行われているのかわかりゃしない。
彼女の気が済むまで大人しく待つことにした。
「……えへへー、ハルマサ! できたよ!」
「何ができたの?」
「ハルマサボンプ!」
「はあ?」
仕方なし、僕は浴槽から身を乗り出して鏡を覗くことにした。
どうやら僕の頭の上にウサギの耳のように泡をのせたらしい。
ただ、すでに泡は垂れてきていて原型は留めてないだろう。
「ハルマサ~ボンプちゃん~、もこもこ~、ふわっふわ~♪」
楽しいのか、蒼角ちゃんは上機嫌で歌をうたい始めている。
僕は浴槽の中へ体を戻すと、肘をついてその様子を見ていた。
蒼角ちゃんの肌にたくさんついた白い泡。
その奥に青い肌がうっすら見えている。
浴槽の中は泡でいっぱいではあるけれど、お湯自体は少ない。
温度は熱めだけれど、寒くないだろうかと心配になる。
背中の筋に、思わず手を伸ばした。
「――ひゃっ!?」
驚いた声が浴室に響き渡る。
「な、なに? ハルマサ?」
「え……いや、冷えないかな、って、思って」
「へ? ええーっと、だいじょぶ寒くないよ!」
「あー……うん」
手を引っ込めた。
まさかそんな声が出ると思わなくて。
……思わなくて?
ほんとに?
いやいや、別に、わざとそうしたわけじゃない。
ほんとにただ、冷えてないか確認したかっただけで。
「………」
ただ、
僕の身体は随分と正直なようで、ため息を吐きそうになるのをぐっとこらえた。
――ちゃぷん、とお湯が揺れる音が浴室に響く。
蒼角ちゃんは泡を掌にのせて「フゥーッ」と息を吹きかけて吹き飛ばし遊んでいる。
「……見て見てハルマサ!」
「ん?」
「ツノにあわあわくっつけた!」
彼女は楽しそうに笑いながら、浴槽から少し這い出て鏡の前へと身を乗り出した。
滑らかな背中の線が、
ふっくらとした小さな胸の丸みが、
僕の視線を捉えて離さない。
――これまでに何度も、
僕たちは恋人の営みをしている。
体もだいぶ見慣れていると思う。
だからと言って好きな子の裸で欲情しないわけじゃない。
わけじゃない……。
――ざぷんっ、とお湯が大きく跳ねた。
蒼角ちゃんが勢いよく体を沈めたんだ。
そしてまた泡で遊び始めると、
何かに気が付いたように目をぱちくりとさせ――。
「ねぇねぇハルマサ」
「何?」
「あのねー……
わたしのお尻に
ハルマサの硬いの
当たってるよ?」
心臓がうるさく跳ね上がった。
そりゃそうだろう。
裸で密着していれば
寝てるものも起きるに決まってる。
まして、
一週間ぶりに僕の部屋へ泊まりにやってきて
まだ一度も手なんて出しちゃいないんだ。
「…………ごめん、気にしないでくれるかな」
ただ今がその時じゃないことくらいわかってる。
わかってるから、
狭い浴槽の中で、どうにか体を離そうと僕は身を捩った。
少しぐらい耐えなよ僕の理性。

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