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「……むにゃむにゃ、あれぇ?」
蒼角ちゃんが目を擦っている。
ここはどこかと思っているんだろう。
現在彼女がいるのはリビングで、胡坐をかいている僕の脚の上に頭をのせて寝ている。
で、僕はそんな蒼角ちゃんの髪をドライヤーで乾かしているところ。
「んん~、ハルマサぁ、ごおおーうるさい~」
「うるさいじゃないってば。髪乾かしてあげてんだよ」
「ううーでもぉ~……んん? あれれ、蒼角お洋服なんも着てないよ~??」
そう言って蒼角ちゃんは毛布の中の自分の姿を確認している。
さすがに寝ている子に着替えをさせるのは難しく、風邪を引かないよう毛布をかけてあげることくらいしかできなかった。
「風呂で寝たのは覚えてる?」
「お風呂に入ったのは覚えてる! ……あれれ? 蒼角寝ちゃったの!? あわあわは!?」
「もう流しました」
「ええ~!! まだ遊びたかった~!!」
「じゃあ寝ないでください」
「うわ~ん!!」
衝撃で目が覚めたのか起き上がると、蒼角ちゃんは泣きまねをした。
僕はドライヤーの向きを変え、まだ濡れている部分の髪を乾かす。
「もーハルマサ起こしてくれればよかったのに~」
「起こしたんだけど!?」
「あ、それじゃあまたあわあわの入浴剤買ってこよ!」
うんうん、と何故か納得したように一人で頷いている。
「目が覚めたところでまずはパジャマ着てね」
僕はそう言うと横に置いておいたパジャマと下着をちらりと見た。
蒼角ちゃんもそれを見て――「あ」と呟く。
「ハルマサ~」
「ん?」
「蒼角が寝てる間に……えっちなことした?」
「してないよ!?」
「あれぇ? だってさっきお風呂でおちん――」
「蒼角ちゃんちょーっと黙ろうか!!」
「わあ!?」
ぐしゃぐしゃと乱暴に蒼角ちゃんの髪をかき乱し、ドライヤーの風圧を一番強くする。
「ハールーマーサー!!」
「聞こえない! 何も聞こえないからねー!」
「ヤー!!」
五分ほどドライヤーの轟音を立てていると、ようやく毛量の多い蒼角ちゃんの髪も乾いた。
短いとはいえ綺麗に乾かすには時間がかかる。
指通りのよくなったその髪を撫で、「はいおしまい」と解放してあげた。
蒼角ちゃんは結局毛布にくるまったまま僕の前に座っている。
「……あのねぇ、蒼角ちゃん」
「ん~?」
「僕はね、寝てる子に手を出すほど落ちぶれてません」
「そうなの?」
「そーゆーことする人間だと思ってたわけ!?」
「うーん……」
思ってはいないけど、と呟きながらそっと僕の方を振り向いた。
「でも、シたいの我慢してたんだよね?」
「………」
「蒼角、遊ぶのに夢中で気づけなくってごめんね?」
「いいんだって……蒼角ちゃんがそういうの気にしなきゃいけないわけじゃないんだから……ほら、今日はもう寝よ」
時計を見れば、いつもならそろそろベッドへ行く時間だ。
明日は二人とも朝から出勤だし、夜更かしもしてられない。
ドライヤーを片づける為に立ち上がった時だった。
――ぎゅっ
と、
後ろから抱きしめられた。
「?」
「ハルマサ」
名前を呼ばれて振り返る。
蒼角ちゃんが僕の腰に抱きついていた。
何も纏わないまま。
「……え、なに」
「蒼角、ちょっぴり寝たから今眠くないよ」
「………」
「ハルマサは蒼角がお風呂で一緒に遊びたいってお願い聞いてくれたでしょ?」
「うん……?」
「じゃあね、
もしハルマサが蒼角と
せっくすしたいって言ったら
わたし、ちゃんとお願い聞いてあげるよ?」
喉の奥が絞られるような感覚が走った。
何を言えばいいのかわからず口元が引きつる。
「………」
手に掴んでいたドライヤーを、うっかり落としてしまった。
だからだ。
だから、
空いた両手で蒼角の頬を包んで、
ふっくらとした唇に噛みつくようにキスをした。
「――お願い、聞いてほしいかも」
すでに冷えていたはずの身体が、
火照り始めているのに気がついた――。
<了>

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