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――ぐううううう~~~~。
「ううー、お腹減ったよぉ……」
一日の業務を終え、ロッカールームで着替えを終えた蒼角はふらふらと廊下を歩いていた。
一緒に着替えていた柳には先に玄関へ向かうよう言われており、もう少しで玄関口へ辿り着く……と思っていたのだが。
「あれれ、なんか目の前が、ぐにゃあって……」
意識が薄れ、倒れそうになる蒼角。
そんな彼女を、悠真が受け止めた。
「――ちょっと、蒼角ちゃん!」
「……あれぇ? ハルマサぁ?」
「もー何してんの」
蒼角の体を支えて立たせてあげると、近くのベンチへと誘導した。
どうにか座らせたものの、蒼角は体力の限界なのかくったりと体を横たえてしまう。
「……はあ、蒼角ちゃん」
「んん~」
「これ、食べて」
「これぇ?」
何のことか、と蒼角はうっすらと目を開ける。
すると、悠真の手には飴玉が一粒。
それが蒼角の少し開いた唇を分け入ると、舌の上で甘い味が広がった。
「……ん、おいしぃ」
「まだあるから。食べてね」
「ん~……」
がり、ごりっ、と噛む音が響き渡る。
口の中の飴玉がなくなったのか、蒼角はまた口を小さく開けた。
「全く、お腹減って倒れるとか……何で今日一日全然食べなかったわけ?」
悠真はもう一粒飴玉を蒼角に食べさせると呆れたように言った。
「うう……だって、だってねぇ……」
「ん?」
「いっぱい食べたら、体がおっきくなってね、ハルマサが嫌いになっちゃってねぇ……」
「はあ??」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
だが蒼角の目に涙が浮かんでいることに気づき、悠真はぎょっとした。
「え、な、なに蒼角ちゃんどうしたわけ?」
「う、ううー……ハルマサぁ、わたしがもし、おっきくなっても、一緒にいてくれる?」
「ええ? おっきくって……何? 怪獣みたいにでっかくなるってこと?」
「違うよぉ~、そうじゃなくてぇ……ええっと、身長が今よりおっきくなって、おっぱいもナギねえみたいにおっきくなってぇ……あとお尻もぉ……」
「……えー、それは、『成長する』ってこと?」
「あ、うん、そう!」
少しだけ元気が出たのか、先ほどよりも大きな声を上げた蒼角。
それからまたしょんぼりとして、小さな声で言った。
「ハルマサは、蒼角がちっちゃいままの方が……好き?」
その質問に、悠真はきょとんとする。
うっかり次の飴玉を食べさせるのを忘れるくらいに。
しかし、蒼角の小さな口が「あ」と開くのを見て思い出したように飴玉をくわえさせた。
「……あのねぇ、蒼角ちゃん」
「うんー」
「僕がロリコンだとでも思ってるわけ?」
「ろり……?」
「別にね、僕は見た目だけで蒼角ちゃんのこと可愛いと思ってるわけじゃないんだけど」
「うーん……じゃあ、もしおっきくなっても蒼角のこと可愛いって思ってくれる、ってこと?」
「そりゃ思うに決まってるでしょ。大体何でそんな心配しちゃってたわけ?」
「それはー……」
しばしの間黙り込んでいた蒼角だったが、少しして今朝見た夢の話をぽつりぽつりとし始めた。
それを聞きながら、悠真は眉間に皺を寄せていく。
「……で、いっぱいご飯食べたらおっきくなって、ハルマサに嫌われちゃうーって、思って……」
「………」
「ハルマサ?」
蒼角は目の前の悠真が『怒っている』ことにようやく気が付いた。
その表情は今までに向けられたことがなく、蒼角は思わず体を硬直させてしまう。
「蒼角ちゃん」
「……あ、え」
「僕今すごーく怒ってる」
「お、怒って、る……?」
「はあー……」
大きな大きなため息を吐くと、悠真は蒼角に背を向けてしゃがみ込んだ。
「……ん」
「え?」
「おんぶするから、ほら」
「ええ? えと、ハルマサ、疲れちゃうから……」
「いいって、乗ってよ」
冷たい声色に蒼角はそれ以上何も言えなくなり、ゆっくりと体を起こすと悠真の背にしがみついた。
「よ、っこいしょ」
「……っ」
「んじゃー今から浅羽タクシーが近くの火鍋屋さんまでお連れしまーす」
「えっ!?」
「あ、月城さーん! へろへろの蒼角ちゃん、ご飯に連れて行きますねー!!」
ちょうど帰り支度を終えた柳と雅の姿が見え、悠真は声を張り上げた。
「えっ、浅羽隊員!?」
「蒼角ちゃんがご飯食べなかったの、やっぱ僕が原因だったみたいなんでぇ~。たらふくご飯食べさせてきまーす。そのあとは家まで送るのでご心配なく~」
それじゃ、とにっこり笑顔を貼り付けて悠真は蒼角を背に乗せたままH.A.N.D.を出ていった。
「……ハ、ハルマサぁ、わたし歩けるよ? 近くの火鍋屋さんって、すぐそこのでしょ?」
「いーから、そのまま乗っててよ。暴れられた方が困る」
「うう、でもぉ……」
「あのね、蒼角ちゃん」
悠真は背負い直すように、よっ、と蒼角の体を揺らした。
「僕は、ここにいるんだよね」
「……え?」
「夢の中じゃなくてさぁ、ホンモノの僕はここ」
「あ……うん」
「たかだか夢に出てきた野郎の言うことよりもさぁ、現実の僕の言う話を聞いてほしいわけ」
「……うん」
「仮にだよ? 仮に蒼角ちゃんがこの先ものすごく急成長を遂げてさぁ、その辺の女の子やさらにはグラビアアイドルよりもスタイル抜群になってもさぁ、それって別にマイナスポイントになるわけなくない?」
「………」
「僕が好きなのは蒼角ちゃんであって、別にこの小さな体が好き、ってわけじゃないんだよ」
「……そう、なの?」
「いやもちろん今のちっちゃい体も可愛いし好きだよ。でも別に、そうじゃなくなったからって見る目変えるわけじゃないし。……はぁー、だからなんていうのかなぁ。その夢の中の僕に負けたのがむかつく、ってとこ」
「……うん、ごめんね、ハルマサ」
「……ってことで、火鍋屋さんついたらいっぱい食べてよね。僕の為に」
「ハルマサの為に?」
「そ。あのね、元気ない蒼角ちゃん見る方が僕は嫌だからね!?」
「あ……え、えへへ。そっかぁ」
「たらふく食べて、元気出して、そんでいつも通りの蒼角ちゃんでいてよ」
「うん」
「………」
「ハルマサ」
「ん?」
「……だーいすき」
背負われている蒼角が、ぎゅうううう、と悠真の体を抱きしめる。
「僕も、大好きだよ」
「……えへへ~」
「蒼角ちゃん、苦しいって」
「えへへへ~!」
「苦しいって! 力緩めて!」
火鍋屋に着くまでの間、悠真はふらふらとよろけながらも歩いた。
楽しそうに笑う蒼角を背負いながら。
そしてその夜、蒼角はたくさんの肉を火鍋にくぐらせて食事を楽しみ――そんな彼女を見て悠真はほっとしたのだった。

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