#7 唾液 - 2/2


   ***

「んっ……あぅ……は、ハルマサっ、むぐっ──!」
「ちゅっ、ちゅぱっ……ハァ……んん……ごめん、もう少しだけ、もう少しだけだから……」

 ──最近は仕事が忙しく、休みもまともに取れない。
 別に僕だけじゃない。突如肥大化した共生ホロウの鎮圧が最優先事項となり、H.A.N.D.全体が、更には治安局やホロウ調査協会もバタついてるってこと。

 だからここ数週間、
 ゆっくり彼女といちゃつける時間もなかったわけで。

「……んっ、はあっ……はあ……ハルマサ、もう休憩時間終わっちゃうよぉ」
「あらら、もうそんな時間?」

 僕は、僕の足の上に座っている蒼角ちゃんの頭を撫でながらため息を吐く。
 今すぐここで抱いてしまえればいいのに。
 なんて、無理無理。
 だってここはH.A.N.D.の屋上で、誰が来るかもわからない場所。
 ちょっと陰に隠れて座ってはいるけれど。
 誰か来るかもしれないと気を張りっぱなし。

 昼休憩に入って売店のご飯を買った僕らはここで昼食を取っていた。
 ご飯を食べ終えればもうさっさと業務に戻らなければいけないわけだけど。
 それでも少しの時間で僕は蒼角ちゃんと口づけを交わした。

 我慢?
 いやいやしたって。
 数週間は紳士的な彼氏でいたとも。
 でも我慢した結果がコレ。

「蒼角ちゃんのお口は甘くておいしいなぁ~デザートみたい」
「ええ? 蒼角のお昼はハンバーガーだったよ? しょっぱいでしょ?」
「まあしょっぱさも感じたけれども」
「あ、もしかしてりんごジュースの味かな!?」
「そうかもね~。てことでもっかいしていい?」
「だ、だめーっ!」

 小さな唇に親指で触れる。
 びくっと震えると蒼角ちゃんは潤んだ瞳で僕を見た。


 ──欲しくてたまらないんだ。

 もう全然彼女に触れられてない。
 仕事で疲れてるってのに、蒼角ちゃんの癒しが得られない僕はいつまで経っても回復できやしない。

 最初はするつもりなんてなかったけれど
 ご飯を食べて満足気な蒼角ちゃんを僕の膝の上に座らせたら、
 それだけじゃ止められなくて、
 ほんの少し触れるだけのキスをして、
 それから抑えきれずにぎゅっと抱きしめたんだ。
 キスを続ければもっともっと、と
 舌を絡ませて。

 キスは興味ないんじゃなかったのって?

 不思議だよねぇ。
 あの子の唾液は薬なのかと思う程、僕の身体に馴染む。
 気持ち悪いとさえ思っていたキスが、この子が相手となれば話は別。
 欲しくて欲しくて
 理屈なんてもの全て溶けてなくなっちゃう。
 僕って結構おばかなのかも。

「……あ、うう……」

 顔を真っ赤にした蒼角ちゃんが、体を小さく縮こませていた。
 そして太腿を擦り合わせている。

「蒼角ちゃん、ごめんね。嫌だったよね」
「い、いや、じゃないよぅ……蒼角だって、ハルマサと、ぎゅうとか、ちゅう、したかったもん」
「んー……そう言われるともう一回したくなっちゃうなぁ」
「だ、だめだよ! もう行かないとナギねえ怒るもん! この後ホロウにまた入るって言ってたよ!?」
「はいはいわかってます~。ったくもう、いっつも六課が駆けずり回ってさぁ~、他の課にもあっちこっち出張ってほしいもんだよ」
「それじゃ行こ! みんな待ってるよきっと!」

 蒼角ちゃんが立ち上がろうとする。
 けど、僕はその手を掴んでそこに留まらせた。

「……蒼角ちゃん」
「んっ……な、なに?」
「次のお休みは絶対うちに来てね」
「ふぇ? い、行くよぅ。行くけど……どして?」

 首を傾げる蒼角ちゃんの顔はまだ赤らんでいて、
 そして、
 居心地悪そうに座り直していた。

 僕は露出された彼女の太腿をさらりと撫でて、優しく揉んだ。

「キスしたら、ここ、濡れちゃったんでしょ?」
「っ!?」
「僕のせいでごめんね?」
「あ、あう……ハルマサのせいじゃ、ないもん……」
「ちゃんと次のお休みには、いっぱいしてあげるから」
「………」

 蒼角ちゃんの視線が逸れる。
 その華奢な手は胸を抑えていて、
 心臓がドクドクと脈打ち、
 今すぐにでも“どうにかしたい”衝動に駆られているのかと思うと、

 愛しくて

 愛しくて

 たまらない。


「──んじゃ、行こっか! さっさと仕事終わらせて今日こそ定時退勤しないとね~」

 ぱっ、と彼女の手を放してあげた。
 蒼角ちゃんはほっとしたように「うん」と笑顔で返してくれる。

 あんまりいじめすぎてギクシャクしちゃったら月城さんに何言われるかわかったもんじゃないしね。
 今日のところはこれで終わりにしてあげないと。

「……っと、あれれ」
「? ハルマサ?」

 僕より先に歩き出した蒼角ちゃんを追おうと、立ち上がった時だった。
 どうにも体が軽く感じる。
 ご飯食べて元気出たってこと?
 なんて、僕の昼食は野菜ジュースだけですけど。

「……ほんとに蒼角ちゃんの唾液で元気になった、なんてこと……まさかねぇ?」

 ぼそりと呟いて
 僕は自分の唇に一瞬だけ触れた。

「──ハルマサどうしたの?」

 戻ってきた蒼角ちゃんが心配そうに僕の顔を覗き込む。
 角が僕の目に刺さりそうになって「ちょっとちょっと」とそれをやんわり手で抑えた。

「いや、なんともないよ」
「本当……?」
「ほんとほんと、ほらさっさと行かないと僕たち置いてかれちゃうよ~。まあ置いてかれてもいいけど」
「ええ~だめだよ~! 行こ、ハルマサ!」
「………」

 蒼角ちゃんに手を引かれて走り出す。
 疲れているはずの体が、いつもより軽やかに地を蹴った。

 ──この弱った体がもしかすると
 君のおかげで生き永らえることができるかも、なんて──

 そんなおとぎ話はまだ信じられそうにもないな。


 <了>

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