#8 海へ行こう! - 3/4


 ***

 蒼角は船に乗るとそのスピードに興奮の声を上げ、釣った魚に歓声の声を上げ。きゃあきゃあと楽しむ様子を悠真はけらけらと可笑しそうに笑いながら見ていた。

 射撃では百発百中の悠真の腕に、蒼角は「わたしも!」とやってみたものの、上手く扱えずにスコアを取り逃していた。涙目になった蒼角をなだめるのは容易いもので、「ほらほら、このあとはソフトクリームを買ってあげるから」と言えば蒼角は目を大きく見開いて喜びの声を上げた。

 サーフィンはというと「やったことがない」と言う蒼角に悠真は「やっぱりね、じゃあまた今度少し練習してから挑戦しよっか」ということになった。

 そして今は空きすぎたお腹を落ち着ける為にカフェへと入り……大食いチャレンジの品を平らげたところである。

「はぁ~……すっごく美味しかったね! しかも安かった! あんなにいっぱいのご飯ならディニーがたーくさんないといけないはずだよね? 不思議だなぁ~」
「蒼角ちゃん、あれはね、失敗したら倍額払うっていう大食いチャレンジなわけ。蒼角ちゃんはそれを何個も注文するもんだからきっと厨房はてんやわんやだったと思うよ」
「?? そうなの?」

 わかっているのか、いないのか。
 蒼角の首を傾げる様子を見て悠真は苦笑いをする。
 そして大きな夕陽が海に沈みかけているのを見て、蒼角は「わあー!」と声を上げながら階段を降りていった。

「ハルマサ! お日様落ちちゃう! 早く早く!」
「ええ~?」

 走る蒼角に、もうすでに疲れ切った悠真はよろよろと後ろをついていった。
 蒼角は海にバシャバシャと入っていき、膝まで水に浸かるとこっちを振り返った。

「ハルマサー!」

 呼ばれた方は海に入らず、両膝に手をついて彼女を見ている。

「はあ……なにー?」
「あのね、ハルマサ! 今日、すっごく楽しいよー!」
「そ~? そりゃよかったー」
「ハルマサはー!?」

 蒼角の表情は逆光でよく見えない。
 が、満面の笑みを浮かべていることは悠真にもわかっていた。
 わかっていたが。

 とっさに返事ができず、
 それをただ見つめている。

 風がゆらゆらと蒼角のスカートをはためかせていて、
 白いふわふわとした髪は夕陽の光で薄く金色に輝いている。

 返事はできなかった。

 そんな彼を不思議に思い
 蒼角はバシャバシャと音を立てて海から戻ってきた。

「……ハルマサ?」

 蒼角が、悠真の顔を覗き込む。
 目と目が合っているはずだが、
 悠真が一体何を見ているのか蒼角にはわからなかった。

「……夕陽で海がキラキラしててさぁ」

「うん」

「……潮風が、蒼角ちゃんの髪をなびかせてて」

「うん」

「すーっごく夏って感じでさぁ……」

「うん」

「──最後に見る景色がこれだったら、僕、きっと笑って逝けるだろうなぁって」

「………」

「思ったんだ」

「………」


 ぎゅううう、と、喉が絞られるような感覚が蒼角を支配した。
 けれども、悠真から目は逸らさなかった。


「だから、走馬灯ってやつの中に今日のこの景色があることを、祈ってた」

「……ハルマサ」

「ごめんね、さっきの質問だけど……すっごく楽しかったよ。ありがと」


 蒼角の指先が、きゅ、と悠真の服の裾を引いた。

 蒼角の橙色の瞳が、じっと悠真の金色の瞳を見つめている。

 夕陽に照らされた金は、

 少しだけ、

 蒼角の瞳と同じ色に見えた。


「──ハルマサ、そーまとうって、どれくらい見れるのかな?」
「え?」
「死んじゃう時にわーって思い出が見えるやつでしょ? そのそーまとう、ハルマサのはきっといっぱいいっぱいあって、全然終わりが見えないと思うよ!」
「うんー……どゆこと?」

 悠真が眉を下げ、首を傾げる。
 蒼角は自信満々な様子で口角を上げた。

「だってね、わたし、ハルマサといーっぱいいろんなとこ行って、いーーーっぱい! 楽しいことするんだもん! きっとアルバムがね、こんなにこんなにこーーーんなに分厚くなるくらい!」

 そう言うと蒼角は自身の両手を目いっぱい拡げて笑った。
 悠真は言葉が出てこずにぽかんとしている。

「ハルマサ、またここ来ようね! 今度は水着を着てざぱーんって海にも入るの! サーフィンの練習いっぱいして、次はあのすご~いアトラクションできるように頑張る! ね、海の思い出いっぱい作ろ! 何回でも何十回でも来よ! わたしの“そーまとう”にもいっぱいハルマサが映るように!」
「………」
「ねっ」

 にっこり笑う蒼角。
 それがとても心強く、
 そして儚く。
 悠真は込み上げてくるものを必死に堪えながら、

 彼女の体を抱きしめた。

「そうだねぇ……うん、そうしよう」
「えへへ、ハルマサ苦しい~」
「うん……ごめん、ごめんね」
「ハルマサ、泣いてるの~?」
「………」
「えっとえっと、泣いてるなら拭いてあげるよ! ハルマサのこっちのポケットにぃ~、ハンカチがぁ~……あれれ、こっちかな」
「ふふっ……ううん大丈夫、泣いてないよ」

 体をそっと放すと、悠真は蒼角の額にキスをした。

「──ありがとう、蒼角」

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