#3 猫とビデオ - 2/6

 ***

「……ふふっ、借りちゃったー! 今日はこれ見ながらお菓子食べるんだ!」

 蒼角はそう言いながらビデオ屋の前でくるりと身体を一回転させた。遅れてビデオ屋から出てきた悠真がその横に並び、蒼角と同じように地下鉄を目指し歩く。

「ハルマサは何借りたの?」

「僕? 僕はねー、《定時の神話》だね」

「定時? 定時はハルマサが大好きなやつだ!」

「うんうん僕は定時退勤がだーいすき。……って、それで蒼角ちゃんは帰って副課長と《ザ・カールズ》を見るわけ?」

「ううん、ナギねえは今日いないの。だから蒼角一人で観るよ?」

「あららー、寂しいねぇ」

「大丈夫、お菓子たーっくさん買って帰るから全然さみしくないよ!」

「お菓子は友達じゃないでしょ蒼角ちゃん」

 呆れた様子の悠真と、ニコニコと笑う蒼角。対照的な二人だったが、ふと、蒼角の表情から笑顔が消えた。

「……この前ねぇ、プロキシと一緒にポテトを半分こしたの」

「うん?」

 唐突な話題の切り替わりに悠真は少々追いつけずにいた。

「それでね、あのね、わたし前まではご飯って一人で食べないと、誰かと食べると減っちゃうからやだなぁって思ってたの。でもプロキシと一緒にポテト食べたらね、いろんな味を一緒に分けっこして食べれてね、楽しかったんだ!」

「美味しかった、の間違いじゃなくて?」

「間違いじゃないよ、楽しかったの!」

 ぱあっと顔色を明るくして、蒼角はまたにっこりと笑った。そんな彼女に、悠真は思わず笑みを浮かべる。

「そりゃよかったね。そっかー、じゃあやっぱり一人でビデオ見ながらお菓子食べるってのは寂しいんじゃない?」

「あ、そっか! うー……たしかにそう考えると、さみしい、かも?」

 しゅん、と肩を落とし、蒼角は眉を下げる。──コーヒーショップの角を曲がると地下鉄駅の入り口が見えてきた。

「……そうだ」

 悠真はそう呟いて立ち止まる。

 蒼角も一拍遅れて足を止め、振り返った。

「どうしたのハルマサ?」

「蒼角ちゃんが寂しくないようにする方法、一個だけあるけど聞く?」

「えっ、聞く聞く!」

 蒼角は目を輝かせ、近寄ってくる。悠真は少し腰を折り曲げ、蒼角の目線に合わせるようにした。

「──僕んちで一緒にビデオ見るってのはどう?」

「……ハルマサのおうちで、一緒に?」

 きょとん、としたのも束の間。蒼角は今日一番顔色を明るくさせると首がちぎれそうなほど何度も何度も頷いた。

「うんうんうんうん! わたし、ハルマサと一緒にビデオ見たい! ハルマサのおうちってどこ? ハルマサって一人暮らしなんだよね? どんなお部屋? 一人暮らしってどんな感じ? お菓子は毎日食べ放題!?」

「好きなもの食べれるって点ではその通りかもだけど、別に僕は毎日お菓子食べてるわけじゃないよ」

「ハルマサのおうち、お菓子ないの!?」

 大ショック、というように蒼角は青い顔色を更に青ざめさせ、塞がらない口に手を当てた。

「じゃあいっぱいお菓子買ってかなきゃだね!?」

「いや、そこは蒼角ちゃんが食べる分だけでいいって。あ、じゃあ地下鉄乗っちゃう前にさ、そこでお菓子とジュース買ってっちゃおっか」

 そう言って悠真は背後にある雑貨店を指差す。蒼角はそれを見て嬉しそうに目を輝かせ、「うん!」とまた大きく頷いた。


 ──嬉しそうな蒼角と悠真が入店してから十五分後。


 雑貨店141のお菓子とジュースのほとんどがなくなったという注意書き看板が店舗前に置かれたことは、後日プロキシ兄妹からの連絡で二人は知ることとなるのだった。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!