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「……ここがハルマサのおうち?」
どうぞと案内されて蒼角が足を踏み入れたのは、マンションのとある一室。室内は簡素で物も少なく、真っ白な壁にはひやりとした冷たさを覚える。装飾が少ないからだ、と蒼角が気づいたのはテレビの前に座らされぐるりと辺りを見回した時だった。
「蒼角ちゃんさぁ……さっきも言ったけどお菓子買い過ぎでしょ」
そう言って悠真はお菓子とジュースが詰め込まれた袋を二つ、床に下ろす。蒼角も手に持っていた買い物袋を三つ床に下ろした。
「えへへ、今日はたくさん買うつもりだったから~」
「ほら、ひとまず副課長に連絡して。無断で僕ん家に連れてきたなんて後から知られたら絶対怒られそうだから」
「え? 怒られちゃうの? どうして?」
「どうしてってさぁー、そりゃ怒るでしょ。君のママ過保護だもの」
悠真の呆れ顔を横目で見ながら、蒼角はすぐさま柳へとメッセージを打った。実際にはキーボードを操作するのではなく音声入力なのだが。
『ハルマサのおうちでビデオ見て遊んでくるね!』
と送信すると蒼角は待ちきれないというようにスマホを放り投げた。
「ハルマサハルマサ! 蒼角が借りたビデオ見てもいい!?」
「あーいいよ、ちょっと待ってね」
そう言うと悠真は奥の部屋へと移動し、何か片付けでもしていたのかしばらくすると戻ってきた。
「……?」
「どしたの、蒼角ちゃん」
「ハルマサ、あっちに誰かいる?」
蒼角はすんすん、と鼻を鳴らして首を傾げた。
「うん。うちの猫がねー、いるんだけど。蒼角ちゃんにビビって奥の部屋に逃げちゃったみたい」
「え!? そ、蒼角ネコちゃん怖がらせちゃったの!?」
「警戒心強い子だからね~。ま、気にしないで」
「ううー……」
申し訳なさそうな表情。
蒼角は優しい子だ。
それを悠真もわかっている。
ぽんぽん、
と優しく頭を撫でると
「ほら、借りてきたビデオ貸してごらん」
いそいそと鞄から取り出した蒼角からビデオを受け取り、悠真はビデオデッキにそれをセットした。テレビの電源も入れる。しばらくすると、画面には複製禁止などの警告の文章が流れた。
「──猫って生き物は警戒心が強いからさぁ」
本編が始まるまでの少しばかり退屈な時間。
悠真は話し始めた。
「本当に大丈夫なのか、怖いものじゃないのか、自分を傷つけるものじゃないのか、時間をかけて観察したり、考えたりするんだ」
悠真の視線は暗い画面に注がれる。
蒼角は金色の瞳を横から眺めていた。
「……そしてようやくこれが大丈夫なものなんだって信じることができたら、優しく寄り添ってくれるんだよ」
「……わたし、大丈夫って思ってもらえるかな?」
悠真の視線が一瞬蒼角へと向く。
しかしすぐにまた前を見た。
「ほら、始まるよ」
画面がパッと明るくなる。
本編が始まった。
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