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蒼角が悠真の部屋に来てから数時間が経っていた。大量にあったはずのお菓子とジュースはあっという間に底をつき、蒼角は満足そうにお腹を摩っている。
「ぷはぁー、たーくさん食べちゃった!」
「相変わらず良い食べっぷりだね」
「ハルマサ、ほんとに食べなくてよかったの?」
「僕は隣で蒼角ちゃんが食べてるの見てるだけでお腹いっぱい」
「? 食べてないのに、お腹いっぱいになるの? ふしぎだねぇ~」
よくわかっていない様子で笑う蒼角に、悠真は諦めたように肩をすくめる。ふと、蒼角のスマホが音を鳴らした。気が付いた蒼角はそれをすぐさま手に取ると、顔をぱあっと明るくさせる。
「ナギねえ、お仕事もう少しで終わるって!」
「ほ~、そりゃよかったね。それじゃそろそろ帰る支度でもする?」
そう言って悠真は立ち上がったが、自身のスマホがバイブレーションの唸りを上げテーブルの上から拾い上げた。
「……あらら、君のママがここまで迎えに来るってさ」
「ママ? もしかして、ナギねえのこと?」
「なーんか僕怒られそうな雰囲気~。やだなぁ」
「なんでハルマサが怒られるの?」
「そりゃあ副課長からしたら、蒼角ちゃんが男の家に一人で上がり込んでたりしたら心中穏やかじゃないでしょ」
「? どーゆーこと? あ、もしかしてたくさんお菓子買ったのにわたし一人で食べちゃったこと怒られるのかな!? ハルマサのおうちにおじゃましたのに、おみやげも持ってこなかったから!? わわわっ、どうしよ~~!!」
「いやそうじゃないっての」
二人ともそれぞれの悩みの種によって頭を抱える。
ふいに、奥の部屋から視線を感じた。
扉の陰からこちらを見ている小さな目が二つ。
「あ、ネコちゃん!」
蒼角が興奮のあまり声を上げると、猫はさっと隠れてしまった。
「あ~あ、逃げちゃった……」
「蒼角ちゃんのこと少し気になったのかもね~」
「ううー、ネコちゃんと仲良くなりたいなぁ。ねぇハルマサ、わたしが何回もハルマサのおうちに遊びに来たら……いつかはネコちゃんお友達になってくれるかな?」
不安そうな、それでいて少しだけ期待を隠せない様子の蒼角。悠真は笑った。
「そうだね、いつかあの子にもお友達が増えるといいな」
悠真の言葉に、蒼角は笑顔を咲かせた。
「じゃあ、次来る時はネコちゃんにおみやげ買ってくるね! た~~~くさん!」
「いや、少しでいいから。蒼角ちゃんみたいには食べないからね」
「え~~~!?」
──それからしばらくして、月城柳がやってきた。出迎えた悠真はその冷たい瞳でじろりと睨まれたが、喜び飛びついた蒼角によって柳の表情は溶かされた。蒼角は今日見たビデオの話をそれは楽しそうに伝え、柳はほっとしたように胸を撫で下ろしている。そんな二人に手を振り、悠真は玄関先で見送った。部屋の外の廊下が、蒼角の楽しそうな声でいっぱいになる。
その後ろ姿を見つめ、悠真は静かにドアを閉めた。
「にゃあお」
ふいに聞こえた声。
見ればすぐそこに、悠真の飼い猫がいた。
「そんなに怖がらなくたって大丈夫だよ」
悠真の右手がそっと小さな頭を撫でる。
「はは、ほんと僕らは警戒心が強くっていけないね」
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