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蒼角と男の子は奥の部屋で座ることになった。男の子はどうやら今日から初めての幼稚園へ通うようだったが、ママやパパが恋しくなりなんと先生たちの目を盗み幼稚園を抜け出してきてしまったのだという。知らない街を駆け抜けていった結果、蒼角と出会った場所まで出てきてしまったらしい。
「ひとまず幼稚園にも親御さんにも連絡はつきましたから、もう大丈夫ですよ」
治安官の女性がにこりと微笑みかけるも、男の子は蒼角の服にしがみついて顔を隠してしまった。
「もーだいじょうぶだよ~。このおねーさんもきみのこと守ってくれるカッコイイ治安官さんなんだよ!」
「かっこいーちあんかん?」
「そう! だから安心して!」
蒼角がにっと笑みを向けると、男の子も少し頼りなさげににへらと笑った。するとそこへ、今しがた説明をしてくれた女性治安官とは別に、小柄な治安官が部屋へと入ってきた。
「ほう、震える童子と小さな青鬼か」
「あ、チンイー治安官!」
蒼角がビシッと敬礼して見せる。
青衣もまた、軽く敬礼して見せた。
「して、お主も迷子か?」
「え、違うよ! 蒼角はこの子を連れてきただけで、蒼角はまいごじゃなくってね!」
「む、迷子ではなかったか。……先ほど迎えがこちらへ向かっているとの連絡があった。何、程なくして着くであろう」
「ほんと!? よかったね~!!」
蒼角がそう言うと、男の子は嬉しそうに頷いた。その様子を見た青衣はしゃがみ、男の子の目線に合わせると微かに笑みを浮かべた。
「この《おねーちゃん》は坊やのことを守ってくれるとても強い鬼だ。安心して待つがよい」
「おねーちゃん、鬼なの? とっても強いの?」
「え? う、うんとっても強いよ! えっとね、わたしがえーいってやったら悪者もエーテリアスもぜーんぶ吹っ飛んでっちゃうんだ!」
「ほんと!? すごいすごい! 僕も鬼になれる!?」
「ええ!? えーと、鬼になるのは……なれない……と思うけどなぁ……」
蒼角の返事に、男の子は眉を下げ唇を震わせる。
その様子を見た蒼角は慌てて手を振った。
「あ、えっとねえっとね! 蒼角が知らないだけでもしかしたら鬼になる方法もあるかも!? うーんでもそれよりね! もっともっと強くなれる方法がきっとあると思う!」
「強くなれる方法?」
「うーんとね、いっぱい走ったり遊んだり、いっぱい笑ったり! それでね、一番大事なのが……いーっぱい、ご飯を食べること!」
「ご飯……? それなら僕もできる!」
「うんうん! それじゃー蒼角に負けないぐらい、いーっぱいご飯食べようね!」
「うん!」
二人の和やかな雰囲気に青衣はうんうんと頷くと立ち上がり、そっと部屋を出た。
──それから程なくして、男の子の母親が駆け込んできた。
母親に会えた男の子はまたわんわんと泣き、ひしと抱きついていた。そしてぺこぺこと謝り倒す母親の横で蒼角にひらひらと手を振り、男の子は帰っていったのである。
蒼角もまた、去っていく母子に向かって手を振る。優しい笑みを浮かべてはいるものの、少しだけ、その表情には陰りがあった。
「……蒼角も、ねえねがお迎えに来てくれたらいいのに」
そう、呟いてすぐ。
「迎えが来たぞ、鬼の子よ」
部屋に再び入ってきた青衣がそう言った。
「えっ?」
目を丸くする蒼角の前に現れたのは──勤務中のはずの、浅羽悠真だった。
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