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──今から遡ること、一時間程前。
別のホロウ任務から帰ってきていた悠真はコーヒーを片手に自分のデスクで休憩をしようとしていたところだった。
「……えっ、蒼角は一緒に戻ってきていないんですか?」
廊下から聞こえてきた会話。どうやら他の課の執行官と月城柳が話しているようだった。
「なるほど、ルミナ分署へ……地下鉄で戻ってくるんですね。いえ、必要であればこちらから連絡を取りますから。ご報告ありがとうございます」
会話の内容からして、H.A.N.D.の車で外勤へ出たはずの蒼角は今ルミナ分署にいて、何らかの用事を終えたあとに地下鉄に乗って帰ってくるようだと悠真は理解した。何故かふと気になって、蒼角のデスクをひょいと覗く。
机上にあるのはいつもと変わりない、
漢字ワーク、
自分で書いた絵、
絵本、
そしてパスケース。
「……パスケース?」
なんとなしに拾い上げる。
表裏とひっくり返してみるが、やはりこれは蒼角のものだろう。中にはちゃんとカードも収納されている。
「地下鉄で戻る……って、これ無しにどうやって帰るつもりなんだ?」
そこまで言ってすぐ、悠真は蒼角が忘れ物に気づいていないということに考え至る。それからすぐに自分のスマホを取り出して、電話をかけた。
「あ、すみませーん対ホロウ事務特別行動部第六課の浅羽悠真ですけど~……今そっちにうちの蒼角ちゃんいません? あ、います? いやー迷子でお世話になっちゃってどうもすみませーん、今僕迎えに行きますんでぇ、そのままそこに待機させておいてくださーい。ハイ、ハイハイ、うんそういうことでよろしくお願いしまーす。ハーイ…………よし」
通話を切ったところへ月城がやってきた。
「浅羽隊員、今の電話は?」
「いやー副課長、どうも蒼角ちゃん忘れ物しちゃってるみたいなんですよぉ。ほらこれ、パスケース。ね? 僕が見つけたんで、僕がお迎えに行ってあげようかなーと! ってことでいってきま~す」
「あ、浅羽隊員そういうことなら私が! ……ほんとにこういう時は足が速いんですから」
はあ、と諦めたようにため息をつく柳。そこへやってきたのは外勤から帰ってきたばかりの星見雅だった。
「今、悠真がとても嬉しそうな顔で走っていったな」
「サボれる口実ができて喜んでいるんだと思いますよ」
「そうか……して、その口実とは?」
「蒼角が忘れ物したままルミナ分署にいるようで、お迎えに行ったんです」
「お迎え」
雅は今しがた悠真が去っていった方角を見て、笑った。
「さながら兄と妹のよう、だな」
「浅羽隊員と、蒼角ですか?」
「ああ」
「そうですね、蒼角と年齢が近い友達もそういませんし……仲良くできる相手がここにいるのはいいかと」
「では我らは共に良き父と母になる修行でもしてみるか」
「……課長、それはどっちが父親でどっちが母親なんでしょう?」
首を傾げる柳の横を雅が通り過ぎていく。
「何、これは冗談を言う……修行だ」
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