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──退勤後、蒼角はひとりで帰路についていた。今日は柳が外せない会議に出ている為、あと三時間は帰ってこられないのだという。
夕陽に包まれる中信号が青になるのを待ち、
横断中のピロピロという音を聞きながら、
雅の『白線の上だけを歩く修行』……を真似して渡る。
ぴょん、と対岸へ辿り着けば、振り返って点滅する青信号を見た。
明滅する青。
少しして、赤に変わる。
蒼角は『昨日悠真の家であったこと』を思い返した。
──昨日の昼間、柳に看病の為必要なものを聞いた蒼角は、その後近くのコンビニまで買いに行った。
たくさんの氷や、タオル数枚、のど越しの良いゼリーや、水にスポーツドリンク。持ってきていたリュックの中身を空にして、買った商品をすべてそこに詰めた。
すぐさま悠真の部屋へと戻ると、蒼角は桶になりそうな容器を部屋中探し、洗面器に入れた氷水に浸したタオルを絞り、そして水分補給用の飲み物と共に悠真の寝る部屋へと向かった。
悠真は静かに眠っていた。
傍目には汗をかいている様子も見られなかったが、彼の額に蒼角がそっと指先で触れるととても体温が高いことがわかった。よく冷えたタオルを彼の額にのせ、ベッドの隣に座る。
──蒼角がベッドで眠る悠真を見たのはこれで二度目だ。
悠真が何か深い事情で休暇を取った日のこと。
何があったのか詳しくは知らないが、柳や雅と共に蒼角はとある場所へと急遽向かった。そこにいたのは、倒れた悠真とパエトーンのボンプ。悠真は病院へと連れていかれ、そして治療が始まった。
その時蒼角はベッドに横たわる悠真を見て、思った。
(……やっぱり人間って、とっても弱い生き物なんだね)
か弱く、
非力、
命は短く、
儚い。
鬼族である蒼角から見れば、全ての人間がそう見える。もちろん彼女は悠真を弱い人間だとは思っていない。強い心を持ち、弓の技術に長けていて、ちょっとやそっとじゃエーテリアスに負けることなどない。
それでも、
絶えず咳き込み、
幾度も顔色を悪くし、
大量の薬を常飲する彼を、心配しない理由にはならない。
「──ハルマサ、いつもお休みの日は何してたんだろう」
部屋で眠る悠真を見つめ、蒼角はベッドに寄り掛かった。最近の休日は、よく悠真が蒼角を遊びに連れ出してくれた。もしかするとそのせいで自分の体を休めることができなかったのかもしれない、と蒼角は思った。
もしかすると
自分のせいで、と。
ぎゅ、とシーツを握る。
「……これからは、あんまり誘ってくれなくなるかなぁ」
しょんぼりとして、膝を抱える。隣に置いていた洗面器の中に手を入れ、ちゃぷちゃぷと氷水をかき混ぜる。冷たくて、痛くて、指先がじんじんとし始める。
「でもハルマサが倒れちゃう方が、ヤだなぁ……」
じわりと視界が滲んだ。
涙が出ていることに気づかないまま、蒼角は膝頭に顔を埋めた。
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