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悠真が熱を出し、眠ってから一時間ほどが経った頃だった。蒼角がリビングでひとり持ってきていたお菓子をつまんでいた時だ。
ふいに、悠真の呻き声が聞こえてきた。
「……ハルマサ?」
蒼角は急いで彼の眠る寝室へと向かう。入り口からひょっと中を覗き見れば、悠真が浅い呼吸でうなされていた。
「うう、はあ……」
「ハルマサ、苦しいのかな……汗いっぱいかいてる」
蒼角は置いておいた別のタオルで悠真の首元を拭いた。額に置いていたぬれタオルはもうすでにぬるくなっており、慌てて氷水の中に戻して冷やす。
「だいじょうぶだからね、ハルマサ。蒼角がいるからねー」
「……う…………るの」
「え? なぁにハルマサ? 何か言った?」
「………」
「寝言かなぁ……怖い夢見てるのかな」
心配そうに蒼角が悠真の顔を覗き込むと、彼の眉間がぎゅっと皺を寄せた。その額を隠すように、冷たいタオルを載せる。
「だいじょうぶだよー、蒼角が看病してるから! すぐ良くなるからね!」
よしよし、と悠真の生え際や、こめかみ辺りの汗をタオルで拭った。
「……う、やだ」
「えっ?」
「ひとりは、やだ……」
「ハルマサ……怖くないよ、蒼角がいるよ!」
「………」
「どうしよう、ハルマサひとりぼっちの夢見てるのかな……」
蒼角は不安気に見つめていたが、うっすらと悠真の目が開いた。
「ハルマサ、起きた?」
そう訊くが、返事はない。どうやら寝ぼけているのかぼんやりとしているようだった。一点を見つめ、熱さのせいで呼吸を荒げる彼に、蒼角は眉を下げた。
「ハルマサ、起きたならお薬のむ? ここにあるお薬、お熱に効くやつ?」
蒼角がベッド横のチェストに置かれた薬瓶を取ろうと立ち上がった。動くものに反応したのか、悠真の目が蒼角へと向けられる。
「なんか書いてあるー……けど、蒼角にはよくわかんないや。ハルマサぁ」
振り返ると、こちらを見ていた彼と目が合う。蒼角が何か言おうと口を開いた時、悠真の手が彼女の手首を掴んだ。
「へ?」
蒼角をじっと見ている悠真。
すると小さく口を開いた。
「……どこにも、行かない?」
「えっ?」
悠真の問いに、蒼角は一瞬首を傾げる。
それからすぐに頷いた。
「うん、蒼角ここにいるよ! どこもいかないよ~」
「ずっと一緒?」
「え!? えーと、うーんと、うん! お熱下がるまではずっと一緒! の、つもり!」
「……ほんと?」
「ほんとだよぉ!」
蒼角がにっこりと笑った瞬間、悠真の目からぽろりと涙が伝っていった。驚きのあまり、蒼角はそれをタオルで拭おうとする。だが、ふいに手首を引っ張られ、バランスを崩してしまった。
「わあ!?」
蒼角はベッドに倒れ込み、悠真の顔面の上に乗ってしまった。慌てて離れようとするも、いつのまにか背に回されていた手によってぎゅっときつく抱きしめられてしまっている。蒼角は混乱しながらも少しずつ上体を起こした。それでも悠真はしがみつくようにして蒼角の胸に抱きついている。
「……ハルマサ??」
「………」
何を勘違いしているのか、一体どんな夢を見ているのか、蒼角にはわからなかった。ただ一つわかるのは、今悠真は起きてはいないということ。
「……寝ぼけてるんだ、ハルマサ」
目をぱちくりさせた蒼角は、そっと悠真を抱きしめ返す。
それが今すべきことのような気がして。
蒼角はそっと悠真の頭を撫でた。
「大丈夫だよー、何にも怖くないからね~」
よしよしと何度も撫でる。
なんだか小さな子どもみたい、と蒼角は笑みを零した。
優しく抱きしめ、蒼角の心も温かくなる。
「怖くないからね」
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