#8 抱擁と動揺 - 5/5

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 ──H.A.N.D.から自宅までの帰り道、蒼角は高熱のせいで寝ぼけていた悠真のことを思い返していた。結局悠真は起きた時にこのことを覚えてはいなかった。帰りに玄関で訊いてきたのも確証がないからだ。

「覚えてても恥ずかしいけどね~、あはは」

 蒼角は一人笑いながら自宅の鍵を開ける。中に入ると誰もいないのにもかかわらず「ただいま~」と声を上げた。暗くしんとした部屋は寂しい為、蒼角はすぐに明かりを点け、テレビを点ける。その音を聞きながら、着替えを始めた。下着姿になった時、自分の胸を見てしまう。

「うーん、わたしもボスやナギねえみたいにおっきくなるのかなぁ」

 ふにふにと触ってみるが、どうしたら大きくなるのかと頭をひねる。そしてこの胸に抱かれた悠真を思い出した。

「………?」

 胸の奥がぎゅっとなる。

 トクントクンといつもよりも鼓動が速くなる。

 ふいに、自分の名前を呼ぶ悠真の声が脳内でリピートされた。

「……わ。なんか、あついかも。もしかして蒼角もお熱!?」

 慌てて体温計を探しに行くが、背後でピロロンと音が鳴った。スマホの通知音だ。結局体温計を持ってくることなく、蒼角はテーブルの上に置いていたスマホを取った。柳からのメッセージだった。

「ナギねえもう終わったんだ! はやーい!」

 嬉しさですぐに返事を返す。だが程なくして、自分が少しがっかりしていることに気が付いた。

「……ハルマサかと思ったけど、違ったや」

 そう呟いて、蒼角はルームウェアを着る。

 冷蔵庫を開けて、飲み物を取り出した。

 ジュースをコップに注ぐ間、

 それを喉に流す間、

 コップから口を離すまで。

 頭には悠真の顔が離れなかった。


「……あ、れ?」


 ぶわわわっ、と鳥肌が立つのと同時に全身が熱くなる。

 ぺたぺたと頬を触ればあまりの熱さに自分でも驚く。

「あれれ」

 へなへなと力が抜けていき、床にぺたんと座り込んだ。

 蒼角は両手で頬を触り、目をぱちくりとさせる。

 そして、スマホをポケットから取り出すとメッセージアプリを開いた。

 相手はもちろん、悠真だ。


『ねーハルマサ』

    『蒼角ちゃん、どうかした?』

 送ってからすぐ、返事が届く。

 それを見て蒼角はさらに頬が熱くなる。

『あのね』

『多分』

『ハルマサのお熱うつった』

    『え!?』

 蒼角はスマホをぎゅっと抱きしめ、目もぎゅっと瞑った。

「だってお熱じゃなかったら、変だもん」

 誰もいない空間でひとり、蒼角は声を震わせる。

 ピロン、ピロン、と立て続けに鳴る通知音に更に胸を高鳴らせる。

 蒼角は自分の変化に戸惑いを隠せずにいた。

 

「──なんでわたし、ハルマサにぎゅーってしたいって、思ってるんだろ」

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