#9 気づきと葛藤 - 3/4

 ***

 ──二つ階を上がり、会議室へ向かう途中の自動販売機に目当てのものはあった。蒼角が「これ!」と指さすと、悠真は「はいはい」とディニーを準備する。

「はいどーぞ」

「わあっ、ありがと!」

「どーいたしまして」

 悠真は自分の分のコーヒーを買うと、その場で缶を開けた。蒼角もそれを真似して自分の分のペットボトルのフタを開ける。

「っぷはー! おいし!」

「いい飲みっぷりだねぇ」

「喉カラカラだったから~……もう半分なくなっちゃった」

「もう一本買ってあげようか?」

「ええー!? いいよぅ、ハルマサお金なくなっちゃうよ!?」

「いや、ジュースもう一本買ったところでなくならないよ」

 悠真は苦笑いをして缶コーヒーに口をつけ、壁に寄り掛かった。蒼角も同じように壁に寄り掛かり、今度はジュースをちょっとずつちょっとずつ飲む。

「……蒼角ちゃん、昼に言ってた話だけどさぁ」

 悠真が話し始めると、蒼角はちらりと目を向けた。

「僕が熱にうなされて、なんか、蒼角ちゃんに抱きついたみたいな? やつ?」

「うん」

「他に何かやらかしてない?」

「ぎゅーしただけだよ。……あ」

「なに?」

「おっぱい、やわらかいって」

「……言ったの? 僕が?」

「………」

「………」

 蒼角は足を見つめ、顔を真っ赤にしている。

 悠真はそんな蒼角の横顔を見つめ、顔を青くさせた。

「……僕、クビかなぁ」

「え!? なな、なんで!?」

「いや、同僚のちっちゃい子にそんなことして……なんて言うかいっそ治安局行き? セスくんに手錠かけられそう。てかかけられる」

「だ、だだ、だいじょうぶだよ! というかね、えっと、きっとハルマサはおっぱいおっきいおねーさんの夢でも見てたんだよ! だって、だってそれじゃないと変だもん!」

「変?」

 蒼角がちらりと上目遣いで悠真を見る。

 そしてペットボトルを両手でぎゅうっと握って、背中を丸くさせた。



「……蒼角のおっぱい、ちっちゃいもん」



 廊下には他に誰もいない。

 しんとしている。

 悠真は何を言うべきか考えようとしたが、

 痛いほど心臓が脈打ち、体を動かせないでいた。

「……ご、ごめんねハルマサ! 寝ぼけておかしなことしちゃったの知ったらきっと恥ずかしい気持ちになるかなって、わかってたんだけど、言っちゃった。うう、とにかく、あの時ハルマサはお熱があって、ぼーっとしてて、だからわけわかってなくって、その、あのぅ……」

「うん……フォローありがとうね……」

 はあー……と長いため息を吐き、悠真はそこにしゃがみこんでしまった。蒼角はあわあわと横で慌てふためいている。

「……蒼角ちゃん、怖くなかった?」

「えっ?」

「僕にそんなことされて、怖くなかった?」

 顔を押さえた悠真が一体どんな表情をしてるのかわからず、蒼角は戸惑う。けれども『その時のこと』を思い返して、蒼角は頬が火照るのを感じた。

「……えっとね、びっくりしたよ。びっくりしたんだけど、怖くはなかったよ」

「………」

「……ハルマサ?」

 悠真の後頭部をじっと見つめる。

 するとゆっくりと頭が動き、蒼角を見上げた。


「……それで、なんで僕とぎゅーしたい(、、、、、、、、)になるの?」


 蒼角はきょとんとして、それから悠真と同じようにしゃがみ、目線を合わせた。

「わかんない」

「わかんないかぁ」

「なんかね、すごく体があっつくなる気がして」

「うん」

「ドキドキするの」

「うん」

「それでね、あ、多分今ぎゅってしたい気持ちかも! って」

「うん?」

「ハルマサとぎゅーしてみたい」

「……待ってね」

「?」

「そこはさ、なんで、僕なんだろ」

 自動販売機の陰にいて少し暗い中、悠真の顔が赤らむのが見える。蒼角はそれをじっと見つめた。

「……わかんない」

「わかんないかぁ」

 はあ……と、息をつき、悠真は缶コーヒーを床に置いてゆっくりと立ち上がった。

「ごほん、あー、今誰もいない? 来てない?」

「きてないよ?」

「じゃあ、うん、僕が先にしちゃったんだから、蒼角ちゃんがしたいって言うなら、させてあげるとも」

「?」

「──はい」

 悠真は少し恥ずかしそうに目を細め、両手を広げた。

「どうぞ」

「ぎゅーしていいの?」

「いいよ」

 悠真が承諾すると、蒼角は目を大きく見開いた。そしてドクドクと鳴る胸を少し抑え、それからがばっと悠真に抱き着いた。

「っっっぎゅ~~~~~!!」

「…………」

「苦しい!?」

「いや、えー……目に角が刺さりそう」

「気を付ける!!」

「あ、はぁい」

 三秒ほどきつく抱きしめた後、蒼角はパッと離れた。

 悠真は抱きしめられてる間目を瞑っていたのか、

 そうっと目を開け蒼角を見る。

「……蒼角ちゃん?」


 名前を呼ばれた蒼角は、

 顔を真っ赤にして目をぱちくりしていた。


「……わたし、ぎゅーするの、好きなの」

「え?」

「ナギねえにぎゅーしたらあったかくてやわらかくて幸せな気持ちになるの」

「……うん」

「ねえねがいた時も、たくさんぎゅーしてもらってたの」

「……?」

「でもハルマサとぎゅーしたら、なんか、変」

「……変?」


「──ハルマサの胸は少しかたくて、体は思ってたよりおっきくて、心臓の音が聞こえて、そしたらわたしすっごくドキドキして、それで、えっとね……もっと、もっとしたいって思っちゃった。わたし、変でしょ……?」


 蒼角の潤んだ瞳が、

 赤らんだ頬が、

 ジュースを飲んで濡れた唇が、

 シャツで隠された小さな膨らみが、

 全部が悠真の脳を刺激する。


「変……じゃないよ」

「変じゃない? ほんと?」

「あー……うん。大丈夫。大丈夫じゃないのは僕」

「ハルマサ、だいじょばないの?」

 悠真は顔を背け、自分の頬の熱を確かめた。


「──僕もしたいとか思っちゃってるから、全然だいじょばない」

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