#11 不安と独占欲 - 1/6

「ふわぁ~~~!!」

「ん~、美味しそ~!」

 目の前に用意された火鍋から立ち上る湯気に蒼角が目を輝かせている。そんな彼女を見つめるのは、機嫌を良くしたビデオ屋店長──リンだった。

 ──長らく忙しくしていた六課だったが、久々に休暇が取れると聞いてリンは蒼角と火鍋ランチの約束を取り付けた。蒼角も火鍋を食べたいとここ数日ずっと思っていたようで、お誘いのメッセージには即答で承諾したわけだ。

 そして当日──やってきた蒼角の姿に、リンは一瞬にしてパァッと顔色を明るくさせた。

「蒼角、可愛い!!」

「えへへ、ありがと~!」

 リンが思わず叫んでしまう程本日の蒼角は可愛かった。

 どうやら保護者である月城柳が「プロキシさんとお出かけですか? では先日買った可愛いお洋服を着て行ってください。きっと褒めてもらえますよ」と蒼角におめかしをしたようだった。

 淡い黄色の小ぶりな花柄ワンピースは、普段の戦闘スタイルからは想像のつかない可愛らしい格好だ。(とはいえ蒼角の無垢な愛らしさは彼女に関わった誰もが知っている為、似合わないなど誰一人として言うわけがないのだが)

「髪の毛もね、あみこみ? ってのをナギねえが頑張ってやってくれようとしたんだけどー……普段そういうのあんまりやらないし、くすぐったくって結局やってもらわなかったんだぁ」

「ええ~? やってもらったらよかったのに! 絶対可愛いよ!」

「ほんと?? うーん、じゃあまた今度お願いしてみる!」

「その時は私とデートしてね~♪」

「はぁーい!」

 そしてお昼時の少し混んだ地下鉄駅から二人で歩き、やってきた火鍋屋で二人はおしどり鍋を頼んだのだった。味の違う二色のスープから上り立つ香りに蒼角はすでによだれを垂らしそうになっている。

「ほらほら、食べよ!」

「うん! いっただっきまーす!」

 嬉しそうにお肉を箸で摘まむと、鍋の中へとくぐらせていく。肉は最初からかなりの数注文しており、肉が入ったトレーはうずたかくテーブルに積まれていた。

「ん~~~おいしい~~~!!」

「ふふっ、蒼角の食べっぷり見てたら私も今日はたくさん食べちゃいそうだよ」

「食べたらいいよ! 美味しいものたっくさん食べたら幸せになるんだよ!」

「だよね~。じゃ、どんどん食べちゃおっ!」

「うんうん! 蒼角も~……っと、えーとそうだった忘れるとこだった」

「ん?」

 蒼角は箸を一度置くと、持ってきていたトートバッグをそのままリンへと差し出す。リンはそれを受け取ると「ああ~」と納得いったようにすぐに脇へと置いた。

「こないだはビデオたくさん貸してくれてありがと!」

「いえいえどういたしまして~。どうだった? 面白かった?」

「うん! すっごくおもしろかったよ! あっという間に見ちゃったもん!」

「そっかそっかぁ~。一人で観たの?」

「ううん、ナギねえも一緒! パッケージ見せたら見たいって言ってたから」

 蒼角はそこまで言って箸を手に取るとまたお肉を摘まんで鍋の中へとくぐらせた。リンは飲み物を飲んでバッグの中のビデオの本数を数えている。これは全て同じシリーズの作品で、その昔テレビでやっていた連続ドラマのビデオだ。

「なかなかの悲恋だったでしょ? 泣いちゃわなかった?」

「ううー、いっぱい泣いちゃったよぉ~。だってだって、彼女の病気が治ってハッピーエンドかと思ったら、最後は主人公の方が死んじゃうなんて……悲しすぎるよぉ~!」

「だよね~! でも主人公は裏の社会に生きる人間だから仕方ないってのもわかるんだけど……そのもどかしさがたまんないっていうか!」

「うんうん!」

 二人は火鍋を食べ進めながら、長らくドラマについての感想を語り合った。蒼角が泣きすぎてティッシュを合計で三箱も使ってしまい、柳に怒られたことは思わずリンも吹き出して笑ってしまった。また蒼角は感想を伝える際につい大袈裟に身振り手振りをするのだが、あわやお肉でお手玉をするような恰好になりリンは大慌て。しかし、どれも落とすことなく全て彼女の口の中へと収まっていったことは、二人の周りの席からも盛大な拍手が起こる程だった……。

「──ふふっ、楽しんでくれてよかった~。蒼角、ドラマ結構好きなんだね」

「大好きだよ! 毎週欠かさず見てるドラマ3本はあるし! ナギねえと一緒にビデオ借りに行くこともあるんだ。でも新しい映画とかはあんまり見ないかなぁ……古い映画なら結構見たよ! ナギ姉のお気に入りとか!」

「じゃあ、今度また私のお気に入り借りてってよ。いいの選んでおくから♪」

「わ~い! ありがとプロ──じゃなかった、えっと、店長!」

「あはは。リンでいいのに」

 くすくすと笑うと、リンはようやく自分のお腹の空き具合が落ち着いてきたことに気が付いた。手を止め、デザートは何にしようかとメニューへ手を伸ばす。

「あ、そうだ」

 そう呟くと、リンはメニューの陰から蒼角を見つめた。

 蒼角も「ん?」とお肉をもぐもぐとしながら見つめ返す。

「ねね、実は蒼角に聞きたいことがあるんだけど」

「ききたいこと?」

「うん。ちょっと前からかな、結構悠真と一緒にいること多い気がして~……あ、でも私が知り合う前から実は一緒にいたとかあるのかな? とにかく、二人って仲良いの?」

「ハルマサ?」

 蒼角はもぐもぐごくんとお肉をお腹の中へと落とすと、にへっと笑った。

「……ハルマサはー、仲良いよ! 一緒に遊んでくれるし、一緒にビデオ見てくれるし、一緒にゲームもしてくれる!」

「そっかそっか~♪ それってお兄ちゃんみたいってこと?」

「ハルマサはお兄ちゃんじゃないよ?」

「あ、あはは、そりゃそうだけど。家族みたいに仲が良いってことかなーそれとも違うのかなーって……」

「家族……」

 そこで言葉を切ると、蒼角は口元に人差し指を当て考え込む。その表情が少し困ったような、何とも言えない様子で、リンは首を傾げた。

「……ね、わたしも店長にきいていい?」

「ん? 私? うん、何でも聞いて!」


「店長には、毎日ぎゅーする相手っている?」


 その質問に、カランカラン、と皿の上へ箸が落ちる。

 落としたのは口をあんぐりと開けたリンだ。

 彼女は慌ててそれを拾い上げて持ち直した。

「え!? 毎日ぎゅーする相手……!? えーとわたしはー……じゃなくて。蒼角、急にどうしてそんなこと聞くの?」

 リンはドキドキと高鳴る胸を押さえながら蒼角を見つめる。蒼角が何を言おうとしているのか、想像通りなのかが気になり、思わず前のめりになった。

「………」

「蒼角?」

「……あのね、もしかしたらおかしいのかもしれないけど」

 蒼角は二、三度瞬きをすると、少し恥ずかしそうに上目遣いでリンを見た。


「わたし、今ね、毎日、ハルマサとぎゅーしてるの」

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