「ボスー、あれなんて読むの~?」
「《休憩》だ」
「キュウケイ? ここ、休憩できるの?」
「ああ」
六課課長の星見雅と蒼角が見上げているのは、《ホテル ラブスイート》と看板に書かれたホテルだ。
建物の見た目はシンプルだが、名前からは字体のせいか妙な艶っぽさと華やかさが漂ってくる。
「……以前ここで私も休憩をしたことがある」
「ボスも? 休憩って何できるの? ご飯食べれる?」
「ああ、食べれる。ルームサービスというものがあるのだ。入り口には豪華なデザートの写真が貼られていたな」
「ほんと!?」
「ホテルと言うからには普通は宿泊で使うのだろうが、休憩で利用できるのはありがたいことだ。少し高いが、な。しかし三時間まではここで睡眠を取ることができる。部屋は広くふかふかのベッドがあった」
「ふかふか! ……あ、ほんとだ三時間いくらって書いてる!」
「修行で疲れた時にここをたまたま見つけ、休憩をしていったのだ。従業員と顔を合わせることなく料金を支払い部屋まで行けるシステムは初めてだったが、気を遣わなくて良いな。そして一時間程ベッドで横になれば疲れも取れ、次の修行へ向かうことができた。些か隣の部屋がうるさく感じた気もするが……苦言を呈するほどのことでもないだろう」
「そうなんだ! 蒼角ももし疲れちゃってご飯が食べたくなっちゃったら、ここでキュウケイしていけばいいってことだよね!?」
「ああ、そうだな」
そこまで話したところで、ふたりはその場を後にした──それはつい先日のことであった。
──そして今、そのホテルの前に蒼角と悠真は立っている。
顔面蒼白の悠真を引きずるようにして、蒼角は中へと入っていった。初めて入る内部に、蒼角は物珍しそうにきょろきょろとしている。
「あ、あれでお金を払うのかな?」
ぱたぱたと自動精算機へと駆け寄っていく。最初は勝手が分からない為、まじまじとその機械を眺めた。
「すごーい、これでお部屋選ぶんだ! えーとえーと、ちょっと休憩するだけだから……この安い部屋にすればいいのかな。ここでもご飯頼めるよね??」
「……え、うん、そうだね」
悠真は回らない頭のせいで生返事をしてしまう。蒼角はぽちぽちとパネルを操作し支払いを済ませると、ルームカードキーが出てきたことに喜んだ。
「2、0、3号室……あのエレベーターで行けばいんだよね、行こ! ハルマサ!」
蒼角の小さな手が悠真の服の裾をきゅっと握る。引っ張られるようにしてエレベーターに乗り込むと、悠真はこの空間に二人だけのことに大変安堵した。
(……後ろから他のカップルが入ってこなくてほんとよかった)
しかし安堵の気持ちなどすぐに消えていく。ラブホテルという空間から逃れられたわけではないのだ。
(変な気を起こさないようにしないと……蒼角ちゃんはまだ何もわかってないんだから)
隣で楽しそうに鼻歌を歌う蒼角をちらりと見て、悠真はため息を吐いた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます