「……プロキシぃ」
「ん?」
「今日、ここにお泊りさせて」
沈みきった声。
眉間に皺を寄せ、不安そうな表情。
きゅっとスカートの裾を握る様子に、リンは眉を下げた。
「……蒼角、こっちおいで。今あったかい飲み物入れてあげる」
「いいの?」
「うん。ついでにお兄ちゃんも呼んでくるね」
──柳に怒りの言葉をぶつけてしまった蒼角は、H.A.N.D.を飛び出し馴染みのビデオ屋へとやってきた。リンに一階奥の部屋へと案内されると、蒼角はとぼとぼとした歩調で中へ入っていく。見張り番をしていた06号は少し驚いたように蒼角とリンを交互に見ると、元座っていた場所へ再度腰を下ろした。
「ココアと紅茶どっちがいい~?」
「えっと……ココア!」
「じゃ、待っててね」
リンが部屋から出ていくと、蒼角はソファに腰を下ろした。 階段を上っていく音が聞こえ、その後天井がミシミシと鳴る。リンがアキラと話している様子も、会話の内容までわからないが少し漏れ伝ってきた。そんな『人のいる感覚』に蒼角は安堵し、ソファに横になる。ギッ、とスプリングが軋むとすぐに蒼角の身体はソファに支えられた。
(……ナギねえ、びっくりした顔してた。そりゃそうだよね、わたし、ばかなんて言っちゃった。とってもひどい言葉だよね。わかってる。わかってるのに……)
じわり、と涙が浮かぶ。
目の前に置いてあるテレビが滲んで見えた。
(あんなふうに怒る蒼角のこと見て、ハルマサ、ゲンメツしちゃったかな? 蒼角かわいくないって、思ったかな? せっかく恋人になれたのに、やだな。もしもこれで別れちゃったら……《スピード破局》ってやつだよねぇ)
雑貨店かどこかで見かけた週刊誌の表紙にあった言葉を使い、蒼角は悲しい気持ちのはずが思わずふふっと笑ってしまう。
(こんな言葉、使う日が来るなんて思ってもなかったなぁ~。変なの)
その時、ドアが開いた。
「蒼角、ココア入ったよ!」
そう言ったリンの後ろからはアキラも続いて入ってくる。蒼角は横たえていた体を起こすと、リンからマグカップを受け取った。
「ありがと!」
「どういたしまして~」
蒼角はマグカップの中を覗き込み、スンスン、と匂いを嗅いだ。ふわりと甘い香りが漂い、顔が綻ぶ。それから火傷しないようにゆっくりとそれを口に含んだ。
「ん、おいしい!」
「いくらでも入れてあげるから言ってね!」
「わーい!」
蒼角はソファに座り直すと、もう一口、二口とココアを飲んだ。リンも蒼角の隣に座り、カップに口を付けた。アキラはH.D.Dの前に座っている。
「──それで、どうしたんだい蒼角」
アキラに尋ねられ、蒼角はマグカップから顔を上げた。
「あ……」
「もーお兄ちゃんすぐ本題に移ろうとするんだから! 蒼角が話し始めてからでいいでしょ~!?」
「えっ、ご、ごめん。悪気はなかったんだ」
「ううん、いいの! 蒼角お話するよ!」
蒼角はそう言うとマグカップを手に持ったまま太ももの上に置く。すでに空になったカップの底を見つめて、小さな口を開いた。
「あの、ね。わたし……ナギねえとけんかしちゃったの」
「え!?」
「柳さんと? それはまた珍しいね。何が原因だい?」
驚くリンとアキラの顔を一度見て、蒼角は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「……ハルマサ」
彼女の同僚である人物の名前が出て、リンとアキラは顔を見合わせた。
「ハルマサ、のこと」
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