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蒼角の発言に、悠真は一瞬訝し気な顔をする。
「……何て?」
そう訊いたものの、蒼角は無表情に悠真を見つめているだけ。廊下から人の歩く音が聞こえてくる。面会時間は過ぎた、帰る人たちの足音だ。蒼角は口を開いた。
「昔話、が、あるの」
「昔話?」
「小さい頃よく眠る前に家族から聞いた、昔話」
蒼角は目を伏せ、思い出すように語った。
「鬼族は旧文明よりもむかーしむかしから、いっぱい戦ってきたの。強いことが鬼の誇りだから。強い鬼はね、戦いに勝った相手の心臓を食べるんだよ」
「………」
「それを聞いた時、わたし、すっごくこわかった。だって心臓食べちゃったら死んじゃうでしょって。勝った時にはもう相手が死んでることはその時わかってなかったんだ」
「うん」
「でもね、怖がるわたしに、家族はもうひとつ昔話をしてくれたの。食べてたのは敵だけじゃないんだよって。大切な人が死んでしまった時も、心臓を食べて強くなるんだって」
「………」
「大切な人の心臓を食べれば、その人とずっと一緒に生きていけるからって。昔々の鬼はそうやって生きてきたって」
「そう」
「だからね
だからわたし、
もしもハルマサが死んじゃうってなった時は、
あなたの心臓を食べたい」
笑うでもなく
泣くでもなく
ただ無表情に見える蒼角。
そこにどんな感情が混じり合っているのか外からはわからない。そんな彼女を見つめ、悠真は結んでいた唇を開いた。
「──そっか、僕がもし死んじゃっても、僕は蒼角ちゃんと一生一緒にいられるのかぁ」
「こわいこと言ってごめんなさい。きっと人間は生き物の心臓をナマで食べたりしないよね」
「はは、そうだね~。でも、謝らなくていいよ」
とんとん、と悠真は膝の上を叩く。
蒼角は首を傾げながらもそこに近寄った。
「ここに座りな」
「いいの? 重たいよ?」
「重たくないよ」
そう言われると、蒼角はそっと悠真の膝の上に座った。
「蒼角ちゃん、ぎゅってしていい?」
「うん」
悠真の腕がぎゅっと蒼角を抱きしめる。されるがままだった蒼角も、遅れて悠真の首に手を回した。
「ひとつ聞くけど、鬼族は今も心臓をよく食べるわけ?」
「えっ……ううん、そんなことないと思う」
「そうなんだ。じゃあ、蒼角ちゃんは食べるの怖くないの?」
「………」
「?」
「わたしが怖いのはね、ハルマサがエーテリアスになっちゃったり、体を燃やさなきゃいけなくなったりすること」
「………」
「エーテリアスになったら、倒さなきゃいけないし。燃やさなきゃいけないってなったら、きっと悲しくて悔しくて苦しくて、一緒に火の中に入りたくなっちゃう」
「それは危ないなぁ」
「……わたしがハルマサを食べれば、誰にも取られないよ。わたしのものになる」
ぎゅ、と首に回した腕に力が入る。悠真は苦しさを感じたが、黙ってそれを受け入れた。
「……でも、もしエーテリアスになっちゃいそうになったら、その前に食べなきゃだから、ハルマサとっても痛いかも」
「痛いだろうねぇ」
「……食べるの、やめた方がいい?」
「んー……でもエーテリアスになる苦しみに比べたらきっと大丈夫だよ」
「ほんと?」
「まあ、その時になってみないとわかんないけど~」
「そうだよねぇ」
「それよりも僕の弱り切った心臓で、蒼角ちゃんは強くなれるかな?」
「なれるよ、ハルマサ強いもん! それに、心臓だけじゃなくって頭の先から足の先までぜーんぶ食べちゃえばきっともっと強くなれるよ!」
「ハハハ、そっか。じゃあ蒼角ちゃんはいつか最強になっちゃうわけだ。もしかしたら雅課長より強くなるかも?」
「ボスより? じゃあわたし、カチョーになるの?」
「あははははは! 蒼角ちゃんが課長かあ! うんうん、いつかなるかもしれないねぇ」
悠真が笑っていると、蒼角の腕の力が緩み、小さな手が悠真の両頬を包んだ。
「……もっかいだけしていい?」
「ん?」
「ちゅー」
「うん。でも唇食べちゃわないでね」
「食べちゃうかも、味見」
「味見かぁ」
目を瞑った悠真に、蒼角はそっと口づけをする。
それから乾いた彼の唇に、優しく歯を立てた。
噛みつきはしない。
ただ歯から伝わる肉の感触に満足した後、
蒼角はぺろりと舐めて悠真の唇を湿らせた。
顔を離し、目を合わせる。
悠真の瞳に映る鬼の姿に、蒼角はぶるりと震えた。
「……蒼角ちゃんに食べてもらえるように綺麗な体でいないとね~」
「え? 綺麗な体?」
「ほら、病気が進行しすぎちゃったりしたらさぁ、薬漬けでボロボロになって美味しくなくなっちゃう気がしない?」
「そ……そっか!」
「僕もたゆまぬ努力が必要ってことだね~」
「蒼角も一緒に綺麗な体にしてあげる! お風呂で洗ってあげればいい!?」
「いやいや、洗ってあげるのはどちらかと言えば僕がしたいんだけど……」
いや冗談、と笑うと悠真はもう一度蒼角を抱きしめた。
「蒼角ちゃん、約束だよ」
「? うん」
「僕のいのちを君にあげる。だからそれまでは……僕の弱り切った肺を君の吐息で満たして。いつか君の胃を僕の心臓で満たすその時まで」
ぎゅううううう……と、強い圧迫感が蒼角を包む。
それと同時に、悠真が震えているのが伝わった。
訪れる死が怖いのか、
蒼角に食われるのが怖いのか。
それを判別することは蒼角にはまだできなかったが、
悠真の愛だけは疑わなかった。
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