──あの日、地面に崩れ落ち、咳き込んだ悠真の口からは血が垂れていた。喀血による窒息死も有り得る一刻を争う状況の中で、蒼角は悠真を抱きかかえ、柳はキャロットで脱出経路の確認、雅は退路に湧くエーテリアスを薙ぎ払った。
ホロウを出てから救急車を待つ間は悠真を横向きに寝かせ、窒息しないよう動かさずに見守った。蒼角はその間ずっと隣に座っていて、苦しそうにひゅーひゅーと息をする悠真の背中をそっと摩った。もしかすると彼はこのまま命を落としてしまうかもしれない、幼い蒼角にそんな現実が耐えられるのか──と柳は気が気ではなかったが、当の本人は何かを言うこともなく、涙を流すわけでもなく、じっとその場にいた。
少しして救急車が到着すると、悠真はすぐに運ばれて行った。状況説明の為月城が救急車に同乗すると、H.A.N.D.へ報告に戻る為残された雅は蒼角の肩を抱き、救急車を見送った。
「……大丈夫か、蒼角」
雅の声が、一拍遅れて蒼角の耳に届く。
振り返ると、うん、と頷いた。
「ハルマサは、大丈夫だよね」
「………」
「わたしは、大丈夫だと思ってる」
「……そうか」
「まだ、心臓が生きてる音を立ててたから」
「生きてる音?」
「死にそうな心臓の音は、もっと、弱弱しくて、悲しい音を立てるから」
「………」
蒼角はもうすでに見えなくなった救急車の方向をじっと見ている。その横顔を見て、雅は感嘆の息を漏らした。
「ボスは、ハルマサがエーテリアスになったら、切るの?」
「! ……断言はできないが、その時が来たら、切るのだろう」
「ナギねえも、そうするかな?」
「柳は……どうだろうか。しかし誰かに危害を加えることになれば、やはり、切るだろう」
「エーテリアスって、食べたらお腹壊すと思う?」
「?」
蒼角の透き通るような瞳が、雅をじっと見た。
「……エーテル物質を口にすることは、推奨しない」
「そっかぁ。じゃあ、わたし、人間のままハルマサを食べなきゃだ」
「えっ?」
気の抜けた声が、雅の口から発せられる。
「ボスもナギねえも止めるかもしれないけど、わたし、ハルマサを食べたい。人間のまま」
「蒼角」
「もしそうなったら、ハルマサはホロウの中でエーテリアスになって倒しちゃったって、報告してほしいな。誰かに知られたら、わたし、ここにいられなくなっちゃうでしょ? 人間は食べちゃだめだもん」
「………」
「ハルマサが好きだから、ハルマサの身体は最後までハルマサでいてほしい」
「……蒼角、本当にそれは死に際だけの話か? もしもお前が《生きている悠真》を食べようなどと考えれば、私は六課課長としてお前を止めねばならない」
ぎゅ、と妖刀を握り、雅は蒼角を見る。
「ボスのこと怖がらせちゃった? ごめんなさい、蒼角はだいじょーぶだよ。だってハルマサとはいっぱい遊んだりご飯たべたりぎゅーしたりしたいもん。生きてないと、全部意味ないよ」
「……そうか」
「蒼角も、そんな日がすぐに来ないこと祈ってるよ。ハルマサには……私と一緒に長生きしてほしいなぁ」
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