──火鍋屋の隅の席で、からんからん、と箸が落ちる音が響いた。
「……あっ、す、すみません」
柳は慌てて床から箸を拾い上げる。気づいた店員がそれを受け取って新たな箸を柳に手渡した。
「む、どうした柳」
「い、いえ……そんなことを、話していたとは思わなくて」
「お前も知らない蒼角が、まだいるということだな」
「そうですね。どれだけ一緒に暮らしていても……あの子の心を全て理解してるわけではありません。もっと知りたいと、常々思ってはいますが……」
「誰にだって表に出しにくい本心がある。蒼角は自分で隠し事をするような性分ではないが、かといって全てを曝け出しているわけでもない。成長と共に出てくるものもあるだろう」
「成長……」
「……柳、肉が硬くなりすぎてしまう。食べると良い」
「……そうですね」
二人は鍋に箸を差し入れた。
浮き上がる肉の表面を見つめ、
今の会話を頭の中でかき混ぜる。
「真に鬼とは、恐ろしくも美しいな」
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