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「ハルマサー、お見舞いの食べ物ぜーんぶ袋に詰めたよ!」
「ありがとね。じゃあそれ持って帰って一緒に食べよっか」
「やったー!」
──数日後、入院着だった悠真は退院する為私服に着替えた。運ばれてきた際に着ていた仕事着は血や泥で汚れてしまっていたため廃棄し、蒼角に頼んで部屋から服を持ってきてもらったのだ。
雅も柳も今は勤務中だが、蒼角は午前のお休みを取って退院の手伝いをしに来た。荷物を全てまとめると、一週間ちょっと世話になった個室を出て退院の手続きを済ませる。二人で病院を出ると、うんと伸びをして空気を吸い込んだ。
「っはぁ~~~、やっぱ病院の中の空気は淀んでて気が滅入るな~。ようやく退院できてほっとしたよ」
「ハルマサ、お疲れ様!」
「んじゃ、タクシー拾って帰ろっか~」
「ねぇねぇ、わたし、朝ごはん買ってから行きたい」
「あれ? 食べてこなかったの?」
「えへへ、実は寝坊しちゃって……」
ぺろっと舌を出すと、蒼角は照れたように笑う。
「どうせ深夜ドラマでも見て夜更かししてたんでしょ?」
「ぎくっ! ……ど、どうしてわかったの!?」
「蒼角ちゃんのやりそうなことはわかりまーす」
「ええ~!? 深夜ドラマ見てるなんて言ったことなかったのに~!」
「月城さんに隠れて見てるわけ?」
「だって夜更かししてたらナギねえ怒るもん」
ぶー、と唇を尖らせる蒼角に、悠真は堪え切れずに笑った。
「じゃー今度うちに泊まりにおいでよ。一緒に見よ、深夜ドラマ」
「いいの!? やったー!」
「月城さんには言っちゃだめだよ」
「えへへっ、内緒ね~♪」
しーっ、と二人そろって人差し指を口に当てる。そんなことをしているうちにタクシー乗り場までやってきた二人は、空車を一台拾った。乗り込むと行先を伝え、車が動き出す。
「蒼角ちゃんは午後から仕事だもんね」
「うん、だからすぐ帰るよ! ハルマサはしっかり休んでね!」
「わかってるわかってる」
「でもお仕事明日からって言ってたけど……ほんとにだいじょーぶ?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えばぁ、休みたいのが本音?」
「わあ」
「でも行かないと仕事が溜まりに溜まって残業待ったなし」
「わあ!」
げんなりとする悠真に、蒼角はくすくすと笑った。会話はそこで途切れ、悠真は道案内の為に少し身を乗り出して運転手に話しかけた。蒼角は外を見ていたが、ふと悠真に手を握られて視線を落とす。指の間を悠真の指先が撫で、形を確かめるようにしていた。
「んっ」
くすぐったくて、声が出そうになる。
そんな蒼角を横目でちらりと見て、悠真は笑った。
「蒼角ちゃん、朝ごはん何食べたい?」
「え……っとね、ハンバーガー! そういえばこないだ邪兎屋のお姉ちゃんに美味しいハンバーガーのお店教えてもらったよ!」
「え、仲良いの?」
タクシーの目的地を悠真の自宅付近から《美味しいハンバーガー屋さん》へ変更すると、車窓に流れる景色はまた新たなものへと変わっていった。
車内は静かになり、悠真も蒼角もその景色を見つめている。
二人の間には、ぎゅっと繋がれた手。
ようやく戻った日常に、二人は安堵した──。
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