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くしゃくしゃになったコーヒーチケットをそっと指先で伸ばす。ビリーはよくよくそれを見て、「よし、これはどこの<COFF CAFE>でも使えそうだ」と顔を綻ばせた。そうしてルミナスクエアの歩行者エリアを歩いて行き、奥に店を構える<COFF CAFE>まで向かう。
「っつってもコーヒーの味は違いがわかんねぇんだよなぁ~」
以前コーヒーの味の違いがわかるようになりたくて味覚モジュールをアップデートしようかと思ったこともあったのだが、結局「インスタントコーヒーで十分なら節約になるしOK」という結論に至り――今もそのままである。
「ま、タダだし飲んでみるけど~」
そう言って少し期待で胸が躍るビリー。花屋の横を通ろうとした時、何やら項垂れているスーツ姿の青年が目に入った。
(不景気そうな兄ちゃんだな~)
なんてことを思いながらビリーがその横を通り過ぎる時、その青年はカッと目を見開いてビリーを振り返った。
「おいそこの機械人! ……さん!」
「オイオイ最初っから敬称は付けろよな」
ついツッコミをしてしまい、ビリーは立ち止まった。
「で、なんだぁ?」
「そのコーヒーチケットをくれないか!?」
「ええ? あーいやこれ、もらいもんだからさ……」
「頼む! そうだ、この『ボンプinワンダーランド』の先行上映チケットをゆずってもいい!」
「ボンプinワンダーランドだぁ??」
その名に聞き覚えがあるかどうか考えるが、一度も聞いたことのないタイトルだという結論に至りビリーは肩をすくめた。
「……本当は花屋を営んでいる素敵な女性を誘って行くつもりだったんだが……実は今さっき彼女に極度のボンプアレルギーなんだと言われてしまって……」
「ボンプアレルギーってなんだ? 金属アレルギーみたいなもんか?」
「とにかくこの『ボンプinワンダーランド』はすごく話題になっていてチケットを手に入れるのも苦労した大変貴重な品だ! これとならそのコーヒーチケットを交換してくれるだろう!?」
ビリーの疑問に答えもせず、青年はビリーの手をぎゅっと握った。触覚センサーからは感じられない暑苦しさを彼の知能によって感じ取り、ビリーはげんなりとする。
「えー、いや、まあ別に俺はいいけど……」
「よかった! 今度はこのチケットで彼女をデートに誘おう! 隣のコーヒー屋にはよく行くと言っていたからきっとこれで僕の誘いを受けてくれるに違いない!」
ビリーからコーヒーチケットをひったくるようにすると、青年は代わりに映画のチケットをビリーの胸に押し付けて行ってしまった。
「いやー、多分ありゃ次の誘いも振られるだろうな」
ボンプが出てくる映画というだけなのにボンプアレルギーという理由で拒否するのだから、そもそもが男性とのデートを嫌がっているだけだろう。そう結論付けるとビリーは途端に青年が憐れに思えてくる。
「恋は盲目ってぇのは、恐ろしいもんだね~。って、俺もモニカ様を目の前にしたらあんなふうになっちまうのか……!? 想像できるあたりが怖いぜ……」
ふと見る。
手の中に新しく収まる紙切れ。
ビリーは長いため息のように唸ると、腕を組んだ。
「これは、俺が持ってていいやつじゃねぇよな」
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