***
陽が暮れかけた頃、六分街にあるビデオ屋の扉が開いた。
「いらっしゃいませ~」
二人いる店長のうち、女性の方の店長が今しがた入ってきた客に声をかけた。
「……あれ、ビリー?」
「おう、店長」
ビリーの知り合いである店長――リンはきょとんとした顔をしている。更に奥からやってきたもう一人の店長、アキラも首を傾げた。
「ビリー、ビデオを借りに来たのかい? スタナイの新作はまだ入荷していないよ?」
「あー……今日は借りに来たわけじゃねーんだ」
「レンタルじゃないって言うなら、もしかしてまた邪兎屋のおつかい~?」
他に客もいないからと邪兎屋の名前を出すリンは、怪訝そうにビリーを見ている。
「いやいや、今日はちげぇーって! あのよ~、これなんだけど……」
ごそごそとポケットから取り出す仕草に、リンもアキラも少し身を乗り出した。
「店長たち~これいるか? 映画のチケット2枚もらってよ~。映画っつったらアンビーが喜ぶかと思ったけど、俺とアンビーの二人で行ってもな~。先行上映だと今から追加でチケット取るのも無理そうだし」
そう言ってビリーが取り出したチケットをリンとアキラは目を丸くして見た。
「え! お兄ちゃんこれ『ボンプinワンダーランド』の先行上映だよ!」
「へぇ……こんな貴重なのどこでもらったんだい?」
「いやまあ成り行きと言うかなんというか」
「かなり話題になってたけど、倍率がすごかったんだよね。まあ私たちは端から手は出してなかったんだけど……」
「でもタダなら話は別だ。ああいや、タダじゃだめだね。そうだビリー、ちょっと待っててくれるかい?」
アキラが奥の部屋へとまた引っ込んでしまう。リンは映画のチケットを表裏とひっくり返して「本物だよね?」と悪戯っぽく笑った。
「本物だって! ……いや、偽物かもしんねぇな? もらいもんだからよくわかんねぇんだよ~」
「あはは、ちょっとからかっただけだよ! にしてもお兄ちゃん何探しに行ったんだろ?」
リンが従業員用の部屋の扉を開けようか見ていると、そこからアキラが出てきた。アキラはにっこりと笑い、手には薄い袋に包まれた何かの紙切れを持っている。
「なんだぁ? それ」
「きっとビリーが喜ぶものさ」
そう言ってアキラはそれをビリーに手渡した。
ビリーは首を傾げながらも、袋からそっと中身を取り出す。
「お……うおおおおお!? スターライトナイトカフェの特別食事券!?!?」
「この券を持っていけば、特別席で食事ができるらしいよ」
「あ、そういえばそれもらってたのすっかり忘れてた! お兄ちゃんよく覚えてたね?」
「期限がなかったからね、奥にしまいこんでたんだ」
兄妹店長が会話する中、ビリーは床に膝をつき、天を仰いでいる。
「まじか……そうか、俺は、俺は……この日の為に生産 まれてきたんだぁ~!!!」
大泣きでもしそうな叫びに、アキラは苦笑いした。
「全く大袈裟だな、ビリーは」
「店長ぉ~~~!!!」
「うわわっ!?」
アキラとリンに抱き着き、そのまま嬉しそうにビリーは飛び跳ねた。子どもみたいなはしゃぎっぷりに、アキラとリンは呆れつつも微笑む。ビリーのこういう素直なところが二人は好ましく思っているのだ。
「よかったね、ビリー!」
「ああ! まさかホビーショップの5パーセントOFFクーポンがこんなすげーもんに化けるとは思ってなかったぜ!」
「なんだい? ホビーショップの5パーセントOFFクーポン……??」
ビリーがこれまでの経緯を話すと、リンはけらけらと可笑しそうに笑い、アキラは「僕なら特製煮卵トッピング回数券は絶対に渡さなかったな……」と何故か悔しそうに言っていた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます