時々君を連れ出して - 1/3

「蒼角ちゃん、ラーメン連れてってあげよっか」

 共生ホロウ縮小作戦の帰り路──H.A.N.D.の人員輸送車の中で満面の笑みを浮かべた浅羽悠真が、きょとんとした顔の蒼角にそう言った。悠真の機嫌がいつもよりも随分良い理由が『明日の休暇申請が通った為』だということは彼を知るものなら誰もが知っている。──蒼角以外の誰もが。

「らーめん、って……なぁに?」
「え、蒼角ちゃんラーメン知らないの?」
「知らなぁい」

 鬼族の蒼角が六課に配属されたのはここ一か月の間のこと。彼女について「食いしん坊」「力持ち」「見た目は幼いが実年齢は自分より上」といったことしか悠真は知らないでいる。そして今、彼女が「ラーメンを知らない」ということもそこに追加された。

「えーとラーメンってのはね~、美味しくて透き通ったスー……」
「美味しい!? ラーメンって食べ物なの!?」
「………」

『美味しくて透き通ったスープの中に、
 ツヤツヤと黄色く輝く麺が浸っていて、
 更にはとろりとした煮卵と野菜、チャーシューがのっている、
 栄養価も高い素晴らしい食べ物だよ』

 ……と、誰もが頷くような説明をしてあげようとしたにもかかわらず。
 蒼角は「美味しい」の言葉だけで早くもよだれを垂らし始めていた。

「そのらーめんっての食べに連れてってくれるの!? ハルマサが!?」
「うん、そうだよ僕が」
「ハルマサ優しい~!!」

 蒼角はそう言うと今にもぴょんぴょんと飛び上がりそうになった。

「そう、優しいでしょ。こういう僕の優しさを月城さんにいっぱい教えてあげてね。そうしたら僕への評価が高まってさらに休暇申請が通りやすくなるはずだからさ」
「ハルマサが優しいってこと、ナギねえに言えばいいの!? わかった! だから早くらーめん行こ!」
「うん……ちゃんと意味わかってんのかなこの子」
「それで、いつ行くの!?」

 二人が乗る人員輸送車がH.A.N.D.へ近づいてきた頃、車内に置かれた時計をちらりと確認して悠真がにんまりと笑う。

「今からオフィスに戻ればちょうど定時だ。そこで僕らはさっさと課長と副課長に挨拶をしてラーメンを食べに急いで地下鉄に乗るってわけ」
「わー! いいねいいね! わたし、地下鉄もう乗れるよ!」
「それは頼もしいや」
「あ、でもナギねえにちゃんと言わないと。今日はお仕事終わったらまっすぐ帰っておうちでお留守番って約束だったから!」
「ん? 月城さんは帰らないの?」
「なんか、『上に確認しなきゃいけないことがあって時間がかかるから今日は先に帰ってて』って言われてるの!」
「ありゃりゃ、うちの情報官さんにはほんと頭が上がらないね~」

 悠真は大袈裟に肩をすくませると、壁に背を預けて鼻歌を歌い始めた。蒼角は未だ彼が何故上機嫌なのかわからないでいたが、自分と同じく「ラーメンを食べるのが楽しみなのかも」と勘違いし同じように蒼角も鼻歌を歌い始めた。

「……それ何の歌?」
「ねえねがよく歌ってた歌!」
「へぇー?」

 悠真はまるで聴いたことのないメロディに耳を傾けながら、目を瞑った。
 蒼角が楽し気に歌う音程が合っているのか外れているのか彼にはわからなかったが、彼女がそれを懐かしんでいることは十二分に理解できた──。

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