あの日のおうちまで - 2/5


 ***

 地下鉄に乗り、バスへ乗り換え、辿り着いた先は人の少ない町。近くには大きな道路があり、ほとんどの人間はこの町に寄ることなく車で通りすぎていくのみだろう。そんな場所で、僕と蒼角ちゃんはヒッチハイクをしていた。

「ハルマサ! この看板持ってたら蒼角たち車に乗れるの!? タダで!?」
「そうだよ~、心優しき人にはその看板の文字が見えてねぇ、車に乗せてくれるってわけ~」
「へえー! すごい! 蒼角こんなの初めて! だって知らない人にはついてっちゃいけないってナギねえ言ってた!」
「そうなんだけどまあ僕もいるし大丈夫大丈夫~」

 道路を走り去っていく車は多数。看板など目もくれず過ぎ去る。当たり前だ、身元のわからない人間を乗せるなんてのはほとんど自殺行為に等しい。乗せたが最後、車を乗っ取られ身ぐるみを剥がされホロウに捨てられる可能性だってあるんだ。けど、僕たちの行先はどうにも車じゃなければ行けないし、こんな秘密のピクニック、知り合いに運転を頼むわけにも行かない。とりあえず運任せってことで、僕は近くのおんぼろ喫茶店で買ったコーヒーを飲みながらのんびり待つことにした。と、その時だった。一台の車が蒼角ちゃんが持つ看板の前で止まり、窓が開いた。

「あれれ、もう優しい人が現れちゃったわけ~?」

 僕がそう言って近づくと、運転手の女性が目を見開いてあわあわと言葉にならない声を上げていた。

「うそ……六課のマサマサ!? 本物!?」
「本物本物~」
「蒼角ちゃんみたいな子がいると思って停まってみたらまさかマサマサまでいるなんて! ど、どこまで行きたいんですか!?」
「えっとね~僕たちちょっと調査でここに行きたいんだけど~このあたりまででいいから乗せてってくれない?」

 僕が地図を指差して見せると女性は少し首を傾げたが、場所を把握したのか大きく何度も頷いた。

「もっちろん! マサマサの頼みなら聞いちゃう! ささ、どうぞどうぞ~」
「ありがとね♪」

 僕がにこやかに言うと、蒼角ちゃんは看板を下ろして僕を見上げた。

「この車、乗っていいの?」
「うん、この優しいお姉さんが乗せてってくれるからねぇ」
「お姉さん、ありがと!」

 蒼角ちゃんが満面の笑みを向けると、女性はにこにこと笑って「いいのよ~」と上機嫌になった。

 蒼角ちゃんは後ろの席へ、僕は道案内の為に助手席へと乗り込んだ。
 女性は運転しながらいかに僕を『推しているか』を語っていたが、僕は話半分にそれを聞いていた。ファンは大事に、と上から言われているものの僕としてはにこにこしているだけで精一杯だ。真正面から相手にしてちゃ普段の倍どころではない疲労が溜まるのだから。

 しばらく車の中でコアなファンの演説を聞き流していれば、ようやく頼んだ場所へと辿り着いた。

「──ほんとにここでいいんですかぁ?」

 車を停止させると、女性は僕の顔を覗き込むようにして聞いた。僕はそれに気づかないふりをして窓の外を見る。一面広がるのは、草木が鬱蒼と生い茂った森。入口のようなものはここからは見当たらない。

「ここで大丈夫、ありがとね」

 そう言って僕はドアを開け、車を降りた。蒼角ちゃんも同様にぴょんと外へ出る。

「それにしてもまさかこんなところでマサマサに会えるなんてぇ~、ファンクラブのスレで自慢しちゃおっかな~♪」

 にまにまとした女性に、僕もにこりと笑みを向ける。
 女性は少しばかりぎくりとしたように体を硬直させた。

「これは極秘任務だから……ここで僕らに会ったことは内緒、ってことで」

 人差し指を口元に当て「しーっ」と言うと、僕は車のドアをバタンと閉じた。そして軽く手を振り、背を向け歩き出す。

「い、言いません~!! 絶対! 言いません~~!!!!」

 開いた車の窓から女性が叫んでいるのが、後ろから聞こえた。

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