懐中電灯に照らされた先は明るい。けれど、隣を歩く蒼角ちゃんの表情はよく見えない。僕は時々彼女の横顔を見ながら、いつもよりも少しだけ元気がなさそうな……いや、真剣なとでも言うべきなのか、無表情の顔に、胸の奥が痛んだ。
彼女はここで暮らしていたんだ。
この、真っ暗な場所で。
ところどころに燭台が置いてある為、火を灯せばいくらかは明るくなるのだろうけれど……。
それでも
この
暗い中で──
「……あ!」
蒼角ちゃんが駆けていく。突然僕の周りが真っ暗になり、慌てて彼女を追いかけた。
「ちょ、どうしたわけ!? 置いてかれると困るんですけど!?」
「あのね、ここ、みーんなが集まるお部屋! あそこにね、ねえねが座って、蒼角も一緒にいたの!」
蒼角ちゃんが辺りを懐中電灯で照らす。どうやら先ほどの道を抜けて少し広い場所へと出たようだった。懐中電灯の明かりは小さく、全体像はわからないが……照らされたそこには家紋のようなものが描かれた大きな布が掛けられていた。
ああ、
蒼角ちゃんの武器に描いてあるやつだ。
鬼族の紋だったんだ。
「………」
蒼角ちゃんが黙り込み、その場に立ち尽くしている。
僕はその横に立ち、淀んだ空気を吸い込むと咳き込んだ。
「! ハルマサ、だいじょぶ?」
蒼角ちゃんははっとしたように僕を照らす。
眩しくて、腕で光を遮った。
「ちょ、まぶしいまぶしい」
「うわわごめん!」
「……そろそろ出たいとこだけど、ま、蒼角ちゃんに付き合うよ」
「ハルマサ……」
蒼角ちゃんはか細い声で僕の名を呼んだかと思うと、僕の袖を引いて歩き出した。
そして、木の板……床? 広い台の上へと僕を座らせると僕の背中をとんとんと叩いた。
「ハルマサ、ここで休んでて」
「ええ?」
「わたし、すぐ戻ってくるから! ちょっとだけ見てきて、すぐ戻ってくるから!」
「蒼角ちゃん!」
僕の呼び声など無視して──蒼角ちゃんは明かりと共に奥へと消えていった。
──ポケットからハンカチを取り出して、土埃の混じった空気をなるべく吸わないようにと口元を覆っていると遠くから足音が聞こえた。蒼角ちゃんが戻ってきたらしかった。僕が一人ここに残されてから、まだ十分程しか経っていない。
「……もういいの?」
そう訊いたが、蒼角ちゃんは何も言わずにとぼとぼとこちらへ近づいてきた。
表情は、見えない。
「……蒼角ちゃん、大丈夫?」
ザッ、
ザッ、
ザ、
と足音が、座る僕の前で止まった。
目の前までくれば、蒼角ちゃんの表情がうっすら見えた。
困ったような顔をしている。
「蒼角ちゃん」
「………」
「……帰ろっか?」
「……うん」
すこしだけ迷いの見えた返事だった。
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