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――いつかの午後。
窓の外は平和を象徴するような優しい昼下がりと羽ばたく鳩。
そしてその奥には微かに見えるホロウ。
部屋の中には工具と、新品の油の匂い。
そこでビリーとグレースは向き合って座っていた。
「すっげー! これめちゃくちゃ高い油じゃねーか! いいのかよもらっても?」
「ああもちろん。というか、ちゃんと君の身体に差すんだよ? 日々の手入れは怠っちゃいけないからね」
「手入れしてっけどなぁ~。ま、安物の油ではあるけどよ。あーこの油でうちの娘たちを手入れしてやったら喜んでくれっかな~♪」
「うんうん。君の機嫌が良くて私も嬉しいよ。その上機嫌に乗じて今日は全身バラしてみてもいいだろうか?」
「なんでそーゆー展開になるんだ!?」
「いやぁ、君に贈り物をしたんだからお礼にちょちょいっと弄っても問題ないかなと」
「問題あるってーの! ってかこないだも散々弄ったろ! 今日は前回入れたモジュールの経過テストするっつってたじゃねーか!」
「君がそう言うなら仕方ないなぁ~。全くわがままなダーリンだよ」
「わがままなのはそっちの方だぜ……?」
「あ、じゃあテストのあとで新しく入ったこのパーツ試してみてもいいかなぁ!?」
「毎度毎度俺で遊ぶのはやめてくれよハニー……」
修理される側と修理する側の奇妙な恋人関係は今も続いている。
その関係性は外から見ても『恋人』だと到底理解されるものではないと思うが――
今はお互いにお互いを恋人だと明言できるまでにはなった。
特に誰に言うわけでもないのだが。
二人ともホロウでの仕事をこなす中危険は付きものではあり、それでも今のところ大事に至ることは無い。
ただ今現在も続くこの平和と言える日常が壊れないように願うのみだ。
そんな中、ビリーは思う。
もしも、機械人である自分が夢を見るとしたならば。
それは自分の身体が緩やかに停止していく時のことではないだろうかと。
機械人の“死”を間近に、
膨大な記録や自身の機密データを
後世に残しておけないデータを
内部メモリー上で要不要の処理をするのではないかと。
――だからその時。
――最後にそれを見るとしたら。
「この何でもねぇやりとりをもう一度見られるなら、悪くねーよな」
ビリーの静かな呟き。
窓から差し込む光に照らされて、
グレースは眩しそうに目をつぶった。
『君の初めての夢になれて光栄だよ、ビリー!』
最後の景色の中で
グレースはそう言って笑うのかもしれない。
<了>
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