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「蒼角のごはんまだかなー!」
「きっともう少しでできますよ」
待ちきれないとばかりに足を踏み鳴らしている蒼角の横で、柳はすでに受け取ったA定食の載ったトレーを手にしていた。
蒼角が頼んだのはと特盛天丼に、大盛そば、大きなおにぎり三種と味噌汁のセットだ。ちらりと見えた厨房の様子からは、どうやら今はそばが茹で上がるのと、天ぷらが揚がるのに時間がかかっているらしい。蒼角もそれがわかっているようで、目を輝かせながら受け取り口から今か今かと中の様子を伺っている。
「ナギねえはそれだけで足りるの~?」
「ええ、今日は内勤でしたしそこまで体も使っていませんから」
「不思議だなぁー。わたしはぜーんぜん動かなくってもお腹ぺこぺこになるのに。それにナギねえよりたっくさん食べてるのにまだまだ全然おっきくならない!」
「背のことですか? 成長には個人差がありますから……それに、うちに来た時と比べれば蒼角は随分と大きくなりましたよ」
「えへへー、そっかな~」
にこにこと笑う蒼角の表情に、柳も思わず口角を上げる。
そうこうしているうちに、蒼角の注文した料理が出揃ったようだった。二つになったトレーを蒼角はそれぞれの手で受け取ると、柳と共に座れそうな席を探す。
「……あ! ナギねえ、あそこにハルマサとボスがいるよ!」
「本当ですね、向かい側の席も空いているようですし行ってみましょうか」
奥の方に見えた二人を目指し、蒼角と柳は歩き出した。
ガヤガヤとした食堂の中ではいろんな話が飛び交っている。それぞれが何を話しているかはわからないが、よくよく耳を澄ませば少しは断片的にわかるものだ。仕事の話をしている者もいるが、プライベートの話をしている者が大半。次の休みにはどこへ行くといった話や、入院中の家族が快方に向かっているといった話、果ては恋人の自慢話など──
「……で、僕にはもったいないくらいのすごくいい子なわけですよ。純粋すぎていつ連れ去られるかわかったもんじゃないし。いやまあ? あの子の場合怪力で敵を跳ね除けるくらいわけじゃないですけど。それでも何かあった日にはいくら普段安穏としている僕だって黙っちゃいられませんよね」
「それで言えば私も同じだな。彼女はとても強く安心して背を任せられるが、仕事以外で見せる少しばかり抜けた様子などは隙が無いとは言えない。そこが良いというのは間違いないのだが、あれは私にだけ見せてほしい部分だ。よしんば他の何者かにうかつな部分を見られようものならばうっかり刀の柄で攻撃しても仕方がないと言えよう」
「刀の柄でも課長が攻撃したら一般人の命はないのわかってます? はあーあ、こうも仕事続きだといちゃいちゃする時間なんてありゃしませんよ。あのもちもちしたほっぺを弄り回すだけでも僕の心は癒されるのに。なんでまた別行動なんて」
「そうだな、私も隣で柳の香りを感じるだけで士気が高まるというものだ。更にはあの柔肌に触れられれば言うことはないのだが」
「まあ僕は今蒼角ちゃんに触っちゃったら仕事なんてほっぽりだす自信しかありませんけどね~。あーあ、サボってふたりで家に帰りたいなぁーなんて……あ」
ぎくり、という表情の悠真が前方を凝視する。雅はと言うと、食べ終わった定食の器に向かって手を合わせると、そっと顔を上げた。
「……柳、ようやく来たか。さあそこへ座るといい」
「課長、今、浅羽隊員と一体なんの話を?」
「うむ、我が恋人はいかに素晴らしく愛らしいかを語っていたのだ」
「………」
柳が徐々に顔を赤らめ、口をぱくぱくしている横で蒼角は自分のトレーを二つテーブルに置いた。
「あのねあのね! ハルマサとボスのお話ちょっと聞こえたけど何話してたの? すっごい早口だったから蒼角よくわかんなかった!」
「あーはははは、いやぁ、いいんだよわかんなくって」
「ええ~? 蒼角たちのお話してたのに? わかんなくっていーの?」
「いーのいーの」
悠真はこれ以上“保護者”の前で下手なことを言うまいと野菜ジュースのストローに口を付けた。もうほとんど中身の入っていないそれは、空気を吸われるだけの代物になっている。
蒼角は待ちきれないというように「いただきまーす!」と箸を手に取った。その横で柳は納得いかないという顔をしつつもトレーを置いて同様に食べ始めることにしたようだ。
「……悠真」
「ん? なんです課長」
「少しは発散できたか?」
「ええ?」
「お前もその五課の者と同じようにしたいのではないか、と思ってな」
「………」
雅の横顔は、楽し気に笑っている。悠真は苦虫を噛み潰したような表情で呻いた。
「……課長のノロケに付き合ってあげたつもりだったんですけど~」
「ああ、そうだな。付き合ってもらった」
「してやられた感が半端ないですよ、全く」
「何、とても楽しい時間だった。次も付き合ってくれると良いのだが」
「……たまにですよ、たまーに!」
悠真はぎゅっと野菜ジュースのパックを握り潰すと、涼しい顔をした雅の横顔にため息を吐いた。それから目の前でご飯をすごい勢いで平らげている蒼角を見て肩をすくめる。
「……ま、いーですよ別に。蒼角ちゃんの可愛さを熱弁できる機会なんてないですしね」
「? わたしのことー?」
「ふふっ、そう、蒼角ちゃんは世界で一番可愛いんだよ。ってことで~、副課長、今度僕と蒼角ちゃんで旅行に行きたいんで休暇申請承認してもらえません~?」
「旅行!? 二人きりでですか!? そんなの認められるわけないじゃないですか……!」
「では柳、私たちも一緒に同じ旅行先へ行けばいいだろう」
「!? そ、それは私と課長で二人を監視するという話ですか……?」
「? 私は柳とデートに行きたいだけなのだが」
「!?」
「ナギねえ、ボスとデートするの!? あ、わかった! これってダブルデートってやつだ! そうでしょ!?」
目を輝かせる蒼角を、悠真と雅、そして柳の三人が見つめる。ダブルデート、などという浮ついた言葉に少々恥ずかしさを感じてしまった三人は困ったように視線を絡めながらため息を吐いた。
「きゅ、休暇申請はしばらく通りませんよ。今の忙しさを考えるとわかりますよね浅羽隊員」
「はいはーい言ってみただけです~」
「なんだ、旅行は白紙か」
三人の熱が少し冷めたように場の空気が落ち着く。それを見ながら、蒼角は最後のおにぎりをもぐもぐと食べて言った。
「えへへ、なんかみーんなとっても仲良しになれた気がするね! これからも仲良しでいよーね!」
口の端に米粒をつけたままの蒼角を見て、
六課の大人たちは諦めたように頬を緩ませたのだった。
<了>
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