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「──蒼角、どうかしましたか?」
その声ではっとした。
私の目の前にはまだ3口しか食べてない牛丼と、なんだか心配そうな顔をしてるナギねえ。
「えっ? えと、なんでもないよ! あははー、おなかへったなー」
そう言って牛丼をぱくぱくって食べた。
もぐもぐしてると美味しい牛肉とお醤油のタレの味が広がって、
お米が楽しそうに踊ってるみたいに味がぱっぱって強くなったり弱くなったりして、
それで
それで
「………」
「……蒼角?」
ナギねえの声がまた聞こえた。
私は顔を上げて、半分になった牛丼と、ナギねえを見た。
「……具合が悪いなら今日は早退してもいいのよ」
ナギねえは何かを確認するように持ってたメモ帳を開いてて、少し考えるようにしてた。メモ帳に何が書いてるのかはわからないけど、多分、わたしが早くにおうちに帰ってもいいかどうかを考えてるってことなんだよね。
「ううん、大丈夫!」
「本当?」
「うん! ちゃんと最後までお仕事するよ!」
最後まで、って、自分で言ってはっとした。
最後まで
“定時まで”
「……ナギねえ!」
「?」
「わたし今日、お仕事が終わったらちょっと寄り道したいの!」
「寄り道? どこに行くんです? それなら私も──」
「ううん、ひとりで行ってくるからだいじょーぶ! おわったらすぐ帰るね!」
そう声に出したらなんだか少しだけすっきりしたような気がしてわたしは牛丼の残りをいっぺんにお口の中に入れた。たくさん詰まったお口をもぐもぐするのは少し大変だったけど、こんな苦しさ、別に気にならなかった。
気にならなかった。

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