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──H.A.N.D.の食堂は比較的長い時間開いている。職員たちは必ずしも規則的な業務とは限らないからだ。とはいえランチの時間は決まっており、それを過ぎるとメニューのいくつかは注文が不可になってしまう。その《本日終了》のシールがいくつか貼られた限られたメニュー表を眺めながら、悠真は目を細めていた。
「くっそ~副課長めぇ……朝っぱらから仕事たんまり持ってきて。僕のこと嫌いすぎるんじゃないのぉ? 『浅羽隊員は隙あらば逃げてしまいますから』なーんて、僕のこと一体なんだと思ってるわけ~?」
悠真は今朝自分が「いかにズル休憩するか」を考えていたことなど頭からすっぽ抜けている。そして注文するものが決まったのか、受付へと向かった。
彼が頼んだ山菜うどんは比較的早く出てきた。それを受け取れば近くの席へと座る。ぱん、と手を合わせ「いただきます」と割り箸を割った。
この時間の食堂は静かだ。もうランチの時間をとっくに過ぎているからだろう。ちらほらと座っている人は見えるものの、お昼の様子とはまた別。ずるずるとうどんを啜れば、つるりとした触感に満足し、ごくんと飲み込んだ。山菜の苦みもちょうどいい。ちょうどいいというのは、悠真にとってというよりは一般的感覚に寄せた感想ではあるが。
(そういや蒼角ちゃんは課長と一緒に外勤だったっけ。直帰するならもう会えないよねぇ。あーさみしいなー)
可愛い蒼角ちゃんを妹のように愛でたいな、などと悠真は肩をすくませる。愛でたいというのは、『からかって遊んで職務から一時的に離れたい』という意味だ。このあとまた定時まで一人資料作成業務と思うと首と肩が痛みを感じ始めてしまう。
一人寂しい昼食を終えた悠真は、ゆっくりと廊下を歩いた。できれば長い時間をかけて職場まで戻ろうという魂胆だ。しかしいくら広いH.A.N.D.の建物内と言えど、職場はそこにどっしりかまえて彼を待っている。
あっという間に辿り着いた先で、悠真はため息と共に自席へ着いた。
デスクではなく近くのソファに寝転んでしまおうか、などと悠真は考えたが、定時で帰ることの方が重要なためその邪念をどうにか振り払った。程なくカタカタというキーボードを叩く音が室内に響く。
──少しして、スマホの通知音が鳴った。
今は仕事中であり無視しても構わないのだが、当然のように悠真はこれ幸いとスマホを手に取る。
「あれぇ、プロキシだ。ビデオの返却いつ来るかって?」
六分街のビデオ屋店長アキラからの連絡で悠真は思い出したように鞄の中を確認する。先日蒼角と一緒に観る為借りたビデオが、まだそこにある。返却期限にはいくらか猶予があるが、どうしたものか。
『面白いビデオを入荷したから、次に来た時にでもどうかなと思って』
『そういえばこないだは蒼角も楽しめたのかい?』
と、アキラからのメッセージを受信した。
「……まー、楽しめたとは言ってたけど」
その日のことを思い出して、乾いた笑いが出る。
「ビデオかぁ……退勤後にでも返してこよっかな。ついでに新しいのも借りて家でのんびり見るとしますか。さ、ちゃっちゃと終わらせよ~っと」
そう呟くと悠真は簡単にメッセージを返して、仕事に戻った。朝に課された仕事はのんびりやっても定時に間に合いそうで悠真は上機嫌である。
──しかしその数分後、柳が職場に戻ってきて追加の仕事が用意されることになるのだった。
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