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──六分街、ビデオ屋。
夜の店内には数名の客がいて、店長であるアキラがカウンターで18号と並んで雑務をこなしていた。いつもどおりの風景だ。そこへ、ゲッソリとした顔の悠真がやってきた。
「いらっしゃ──悠真、来たんだね。なんだか顔色が悪いようだけど、残業でもしたのかい?」
「まさか……しっかりきっちり定時で上がったよ。ただあの鬼副課長が持ってきた仕事がありえないほどの量で……疲労で吐きそう……うっぷ」
「残業したくなくて急ピッチでやってきたってことかい?」
「それ以外何があるのさ」
「いやぁ、悠真のポテンシャルにはいつも驚かされるよ」
普段はあんなに怠惰なのにねぇ……とアキラは笑った。
「それで、もしかして待ち合わせでここへ?」
「え? 待ち合わせ?」
「うん。……違ったかい?」
アキラは首を傾げる。
それにつられて悠真も首を傾げた。
「……あ、そうだそうだ。これ返しに来たんだよ、ほらビデオ」
そう言って悠真は通勤鞄から借りていたビデオを取り出した。
「まあまあおもしろかったかなー、あ、それで何入荷したって?」
「ああ、これなんだけどね──」
アキラがカウンター下から何か取り出そうとした時だった。
二階へ続く階段から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「──だから、絶対ハマると思うよ!」
「わーい! 帰ったらナギねえとさっそく見てみるね!」
「柳さんはもうこっち向かってるの?」
「んーまだ……あれ? ハルマサ?」
階段から降りてきたのはリンと蒼角だった。
悠真はそれを見てきょとんとする。
「……てっきり蒼角とここで待ち合わせていたんだと思ったんだけど、違ったのかい?」
アキラに訊かれ、悠真は何も言えずに目をぱちくりとさせた。
「ハルマサお仕事お疲れ様! どうしたの? ビデオ借りに来たの?」
蒼角がぱたぱたと駆け寄ってくる。最近のノリでそのまま抱きつかれそうな気がした為、悠真は近くまで来た蒼角の両肩を軽く掴んだ。それに一瞬驚いたのか、蒼角は悠真の目を見る。
「蒼角ちゃんこそ、どうしてここに?」
「……わたし? わたしはね、ガイキンが終わったあとさっきまでボスとアイスを食べてたんだけど、ナギねえがお仕事終わったらこっちまで来るって言うからここで待ってるの! でもナギねえ連絡くれなくなっちゃってー……」
しょんぼりとした蒼角に、「あらら」と悠真は返した。そんなふたりにリンが近寄ってくる。
「蒼角、私たちは全然いてくれて大丈夫だよ?」
「ううー、でも、ふたりはお仕事中だもん。蒼角、メーワクかけたくない」
「気にしなくていいのに~」
ね、とリンがアキラに目を合わせる。アキラはこくりと頷くと、考えるように顎に手を添えた。
「でも蒼角が気をつかってしまうのなら無理にいさせるのもよくないかもしれないね。そうだ、すぐそこのゲーセンで時間を潰すのなんてどうだい? 今なら1プレイ無料キャンペーンをやってたハズだよ」
「そうなの?」
蒼角は興味をひかれたように目を大きく見開いたが、すぐに肩を落とした。
「でも蒼角、ゲーム下手っぴなんだよぉ。やってもいっぱい負けちゃって楽しくないかもしれないなぁ~」
しょんぼりとした様子の蒼角を見下ろし、悠真はハッとする。未だ彼の手は蒼角の両肩を掴んだままだった。慌てて手を下ろし、視線を逸らす。
「……んー、じゃあ僕が一緒に行ってあげよっか」
「ハルマサが?」
蒼角がぱっと顔を上げ、表情を明るくさせる。それを見て悠真はふっと頬を緩めた。
「うん。二人でやれば少しは楽しいんじゃないかな~ってね」
「そっか、そだよね。ハルマサがいいならわたしゲーセン行きたい!」
「はいはい、それじゃ行こっか。ごめんアキラくん、そのビデオはまた今度借りに来るよ。今日は返却だけってことで」
それじゃね、と悠真がカウンターにいる店長二人に手を振る。蒼角もばいばーい! と満面の笑みで手を振り、ビデオ屋を出ていった。
「……ねぇお兄ちゃ~ん、あの二人ってさぁ~?」
「うん、僕もリンと同じことを考えているよ」
「今度聞いてみよっかな!? 蒼角ならきっと答えてくれるよね!?」
「確かに悠真に訊いてものらりくらりと躱されそうだ」
「……ねね、今からこっそりゲーセン見に行っちゃう?」
「それはやめておこう、僕らには仕事があるんだ。ほら、これはリンが整理する分のビデオ」
「あー! おにーちゃんが私をいじめるー!」
「人聞きが悪いなぁ……僕が大事な妹をいじめたことなんて一度もないよ」
ふくれっ面をするリンに対し、アキラはにこりと笑った。
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