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──蒼角の最後のプレイは2位で終了した。
悠真が最後にやった1回は1位を独走していたものの、ちょっとしたミスで3位に転落だ。蒼角はそれを残念そうに見ていた。
「もう終わっちゃったー」
「だねー。ん、お客さんだいぶ少なくなったねぇ。待ってる人もいないし」
「ほんとだぁ」
蒼角が当たりを見回すと、スネークデュエルの筐体の周りには人がいない。ソウルハウンドⅢの方にはまだ人がいくらかいるが、比較的客足は落ち着いたようだ。
「月城さんはあとどんくらいかな?」
「もうちょっとで六分街の駅に着くみたい!」
「すぐだね。それじゃー僕もそろそろ帰るかぁ」
「あれ、ハルマサは一緒に帰らないの?」
蒼角が振り返る。悠真は「んー」と考えるように唸った。
「君のママに会ったらあれこれ言われちゃう気がするしぃ~。さっさと帰るが吉ってね」
「……そっかぁ」
少し残念そうな蒼角の声が聞こえる。
悠真は筐体に手を置いたまま、まだぴたりと蒼角にくっついて座っていた。彼女の背中、肩、二の腕、太もも──部分的に接触しているところからわずかに熱を感じる。抱きしめたい衝動を抑えながら、悠真は蒼角の肩に顎を置いた。
「……ハルマサ?」
「……ちょっとだけ、こーしててもいい?」
「え? いいけど……どしたの? もしかして、疲れちゃった!?」
「んーん。蒼角ちゃんにくっついてると、変な気を起こしちゃいそうで」
「へんなき?」
蒼角が振り返ろうとしたが、悠真は俯き前髪で顔を隠した。
「ごめん、今のは気にしないで」
「? ……うん」
「………」
「……え、っと」
「?」
蒼角は少し迷ったようにしてから、肩にのっかった悠真の頭にすりすりとした。悠真の髪が蒼角の頬にこすれ、気持ちがいいのか蒼角は無意識に笑顔になった。
「わたしばっかりハルマサにぎゅーしてるけど」
「うん」
「ハルマサからぎゅー、していいんだよ?」
「………」
「ハルマサも、したいって言ってた、よね? ちがった?」
蒼角の問いに悠真はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「んーん、でも僕からはしないでおく」
「どして? もしかしてぎゅーはもうしたくなくなっちゃった?」
「そーじゃないけど」
「じゃない、けど?」
「……持って帰りたくなるから、だめ」
「もって……?」
蒼角はきょとんとする。『持って帰る』という単語に食べ物のテイクアウトを思い出すが、多分そういうこととは違うんじゃないかと蒼角は頭を悩ませた。そんな彼女の頭の中がわかるのか、悠真はくすっと笑う。
「ごめん、もう少しだけここに座っててくれる? あと数秒でいいから」
「う、うん」
「……僕って、考えてることとやってること真逆だなぁ」
「えっ?」
蒼角はそれが一体どういうことなのか聞き直したが、悠真は答えなかった。数秒して、悠真が椅子から立ち上がる。
「んじゃ、いこっか」
差し伸べられた手を蒼角は掴み、立ち上がった。そしてもう一度スネークデュエルの筐体を振り返り、悠真を見る。
「また、一緒にゲーセン来てくれる?」
「え?」
「ハルマサとゲーセン、楽しかった! 次は蒼角も1位とる!」
「あははっ、そっか。それはいい目標だね~。うんうん、僕も蒼角ちゃんが1位取るとこ見たいから一緒に来てあげるよ」
「次は他のゲームもできる?」
「そーだねー、いろいろやってみよっか」
ふたりはそんな話をしながらゲームセンターから出る。そして蒼角はビデオ屋へと向かい、悠真はそんな彼女に手を振りその場を後にした。
(月城さんにばったり会っちゃわないように気を付けないと)
悠真は自分の顔を右手でそっと覆い隠した。
──頬が熱を帯びている。
ゲームセンターの中が暑かったからではないことくらい彼にもわかっていた。思わずにやけそうになる顔を右手でむぎゅっと押しつぶす。
(こんな顔、見られたらたまったもんじゃないや)
(あーあ、やっぱ抱きしめといた方がよかったかな。なーんて、やめやめ。早く帰ろ)
自分を嗜める為頭をぶんぶんと振る。
晴れた夜空に浮かぶ月に照らされながら、悠真は小走りで駅へと向かった──。
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