#10 ゲーセンと囁き - 5/5

 ***

 ──蒼角の最後のプレイは2位で終了した。

 悠真が最後にやった1回は1位を独走していたものの、ちょっとしたミスで3位に転落だ。蒼角はそれを残念そうに見ていた。

「もう終わっちゃったー」

「だねー。ん、お客さんだいぶ少なくなったねぇ。待ってる人もいないし」

「ほんとだぁ」

 蒼角が当たりを見回すと、スネークデュエルの筐体の周りには人がいない。ソウルハウンドⅢの方にはまだ人がいくらかいるが、比較的客足は落ち着いたようだ。

「月城さんはあとどんくらいかな?」

「もうちょっとで六分街の駅に着くみたい!」

「すぐだね。それじゃー僕もそろそろ帰るかぁ」

「あれ、ハルマサは一緒に帰らないの?」

 蒼角が振り返る。悠真は「んー」と考えるように唸った。

「君のママに会ったらあれこれ言われちゃう気がするしぃ~。さっさと帰るが吉ってね」

「……そっかぁ」

 少し残念そうな蒼角の声が聞こえる。

 悠真は筐体に手を置いたまま、まだぴたりと蒼角にくっついて座っていた。彼女の背中、肩、二の腕、太もも──部分的に接触しているところからわずかに熱を感じる。抱きしめたい衝動を抑えながら、悠真は蒼角の肩に顎を置いた。

「……ハルマサ?」

「……ちょっとだけ、こーしててもいい?」

「え? いいけど……どしたの? もしかして、疲れちゃった!?」

「んーん。蒼角ちゃんにくっついてると、変な気を起こしちゃいそうで」

「へんなき?」

 蒼角が振り返ろうとしたが、悠真は俯き前髪で顔を隠した。

「ごめん、今のは気にしないで」

「? ……うん」

「………」

「……え、っと」

「?」

 蒼角は少し迷ったようにしてから、肩にのっかった悠真の頭にすりすりとした。悠真の髪が蒼角の頬にこすれ、気持ちがいいのか蒼角は無意識に笑顔になった。

「わたしばっかりハルマサにぎゅーしてるけど」

「うん」

「ハルマサからぎゅー、していいんだよ?」

「………」

「ハルマサも、したいって言ってた、よね? ちがった?」

 蒼角の問いに悠真はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「んーん、でも僕からはしないでおく」

「どして? もしかしてぎゅーはもうしたくなくなっちゃった?」

「そーじゃないけど」

「じゃない、けど?」

「……持って帰りたくなるから、だめ」

「もって……?」

 蒼角はきょとんとする。『持って帰る』という単語に食べ物のテイクアウトを思い出すが、多分そういうこととは違うんじゃないかと蒼角は頭を悩ませた。そんな彼女の頭の中がわかるのか、悠真はくすっと笑う。

「ごめん、もう少しだけここに座っててくれる? あと数秒でいいから」

「う、うん」

「……僕って、考えてることとやってること真逆だなぁ」

「えっ?」

 蒼角はそれが一体どういうことなのか聞き直したが、悠真は答えなかった。数秒して、悠真が椅子から立ち上がる。

「んじゃ、いこっか」

 差し伸べられた手を蒼角は掴み、立ち上がった。そしてもう一度スネークデュエルの筐体を振り返り、悠真を見る。

「また、一緒にゲーセン来てくれる?」

「え?」

「ハルマサとゲーセン、楽しかった! 次は蒼角も1位とる!」

「あははっ、そっか。それはいい目標だね~。うんうん、僕も蒼角ちゃんが1位取るとこ見たいから一緒に来てあげるよ」

「次は他のゲームもできる?」

「そーだねー、いろいろやってみよっか」

 ふたりはそんな話をしながらゲームセンターから出る。そして蒼角はビデオ屋へと向かい、悠真はそんな彼女に手を振りその場を後にした。

(月城さんにばったり会っちゃわないように気を付けないと)

 悠真は自分の顔を右手でそっと覆い隠した。


 ──頬が熱を帯びている。


 ゲームセンターの中が暑かったからではないことくらい彼にもわかっていた。思わずにやけそうになる顔を右手でむぎゅっと押しつぶす。

(こんな顔、見られたらたまったもんじゃないや)

(あーあ、やっぱ抱きしめといた方がよかったかな。なーんて、やめやめ。早く帰ろ)

 自分を(たしな)める為頭をぶんぶんと振る。

 晴れた夜空に浮かぶ月に照らされながら、悠真は小走りで駅へと向かった──。

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