#11 不安と独占欲 - 4/6

 ***

 背後から聞こえた言葉に、悠真はバッと振り返る。

 カウンターに立つアキラがにこりと笑った。

「ごめんよ、今のは全部わざとだ」

「はあ……?」

「蒼角をいい子だと思っているのは本当だけれど、それ以上の感情はないよ。僕にとってもリンにとっても妹のような愛らしい存在だからね」

「それは僕だって同じ──」

「そうかい? さっきの君の目からは憎しみに似たものを感じたよ。余程の執着がないと、そういった表情はしないんじゃないのかな。もし柳さんに同じことを言えば、もっと怒りの方が前に出るだろうね。それでも君は違った。もしかすると僕や誰かに蒼角を取られるんじゃないだろうかという不安と、焦りと、そしてそうはさせたくないという全てに対する敵意のような感情が前面に出てしまったのではないかな。……どうだろう、これでも僕はたくさんの映画を観てきたからね、なかなかいい推理をしていると思うんだけど」

 アキラの《推理》をそこまで聞くと、悠真は一気に脱力したようにそこに座り込んだ。

 そして目を細めてアキラを軽く睨む。

「……はあー、僕に嫌われかねないようなことまで言っちゃってさぁ。結局、あんたは今日僕に何が聞きたいわけ? 蒼角ちゃんを好きかどうかってことだけ?」

「うーん、リンはそう言うかもしれないけれど……僕はちょっと違うんだ」

「え?」

 想定しない返事だったのか、悠真はぽかんとした。そして次にアキラから出てくる言葉を待っている。アキラは考えるように視線を上へ向けていたが、少しして悠真の方を見て言った。

「もしかすると君は蒼角へのその気持ちを、きっかけがない限り彼女にずっと言うことはないんじゃないのかなぁと思ってね」

「………」

「僕から見れば蒼角は悠真のことをとても好いていると思う。両方の気持ちが相手を向いているのなら、気持ちを伝え合えばきっと君にも幸福が舞い降りてくるだろうと僕は考えているよ」

「……知ったような口を聞くね。でもあんただってわかってるだろ? 僕はそう長く生きられないとてもとてもか弱~い体だってさぁ」

「なら尚更気持ちを伝えた方がいいんじゃないのかな。君の身体のことはもちろんわかってるさ。それでもね、君がいつ死ぬかわからないのと同じように──この新エリー都で暮らす誰もが、いつその命を落とすかなんてわからないんだ。どこで、どうやって、『ああ良い人生だった』と思いながら幸せに死ねるかもわからない。それは……考えたことはあるかい?」

「………」

 悠真は何も言わず、ただじっとアキラを見ている。

 しかし頭に浮かんでいるのは蒼角の顔だった。

 脳裏で彼女は屈託のない笑みを浮かべている。

 

「最後に聞くけれど、もしも明日、君ではなく蒼角の命の灯がフッと消えてしまうとしたら? 君は……君のその愛を伝えればよかったと後悔はしないのかい?」

「………」

「……悠真?」

「あーもーわかった、わかったって!!」

 悠真は立ち上がると、ため息をついて顔に手を当てた。

「はいはいその通りです僕は蒼角ちゃんが可愛くて仕方ありませんー。なんであんたがそこまでせっつこうとするのかわかんないけどさぁ、要はさっさと告白しちゃいなさいよってことでしょ!? でも僕は蒼角ちゃんから何か言われない限り何も言わないからね! こっちだって大人のプライドがあるんだから! ……全くお節介にも程があるっての。あ、バイト代! 色付けてくんないと次から来ないからよろしくね!」

「あはは、少しくらいなら付けるとするよ」

「ってかさぁ、僕ってばそんなにわかりやすい……?」

「うーん、僕もリンも気づいたけれど……雅さんや柳さんはどうだろう、何か言われたことは?」

「今のところないですけど!?」

「ははっ、そうなのか」

 多分言わないだけなんじゃないだろうか、とアキラは思ったが口に出すことはなかった。その時、突然扉が開きリンの悲鳴が聞こえた。

「うわっ、悠真!? なんで入り口に突っ立ってんの!? 邪魔じゃん退いてよ~」

「あーららリンちゃん、お早いお帰りで」

 リンは悠真の横を通り抜けると、アキラが立つカウンターに近寄っていく。アキラが「おかえり」と声をかけると、リンは満面の笑みで「ただいま!」と答えた。

「はー、火鍋美味しかった~。あれ、悠真はもう帰っちゃうの?」

「ああ、少し早いけど帰るみたいなんだ」

「へぇ~手伝いは?」

「いいんだ、リン。もう君が帰ってきたしね」

「ええ~、それってたっぷりお仕事が待ってるってこと~? ……あ、そうだ。もう帰るなら悠真今からルミナに行ってみなよ! 蒼角一人でいるから、もしかしたら会えるかもしれないよ~?」

 にやにやと笑うリンに、悠真は苦笑いで頬を掻く。

「……え、っと、なんで蒼角ちゃん一人で?」

「今私と火鍋食べてたんだけど、足りないからってラーメン食べて帰るんだってさ。でもさすがに行き違いになっちゃうかなぁ」

「そりゃ行き違いになるでしょ~。それに僕はルミナの方通り道じゃな──」

「あ、でもでも! 今日の蒼角すっっっっごく可愛いから! ファンの人たちに見つかったりしたら人だかりできちゃうかもね~!」

 どこか誇らしげにリンは胸を張って言っている。

「すごく可愛い? 何かあったのかい?」

 アキラが訊ねると、リンはふふんと笑った。

「今日の蒼角はおめかししてるからすっごく可愛いの。隣歩けてよかった~♪ あ、写真撮ったんだよ見る?」

 リンがポケットの中を探ろうとするのを見もせずに悠真は背を向けた。

「……僕もう行くよ。今度来た時はビデオ借りてくからさ、それじゃね!」

 バタン!

 と、扉が閉まる。

 リンはきょとんとした顔でそれを見つめ、すぐにアキラの顔を見た。

「写真見せてあげようと思ったのに、どうしたんだろ悠真」

「うーん、実際に見に行ったんじゃないかい?」

 アキラは笑いながら今まで悠真が立っていた辺りを見つめた。

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