#11 不安と独占欲 - 6/6

 ***

「ハルマサ、どうしてそんなに咳してるの?」

 ルミナスクエアの歩行者広場にあるベンチまで行き、どうにか悠真を座らせると蒼角はその場にしゃがみ込んで不安そうに下から覗き込んだ。

「……はあ、いや……ちょっと、急いでて……げほっげほっ」

「急いで、どこかに行かなきゃいけないの? ならこの後は蒼角がおんぶして行ってあげるよ! どこまで行くの?」

「……はあ……はあ……はー………いや、もう、着いたから大丈夫」

「着いた? ルミナスクエアに来たかったってこと??」

 蒼角が首を傾げる。悠真は呼吸を整えると、落ち着いたようにベンチに手をついて上を見上げた。

「はあ、仕事でもないのにこんなに走ったの、久々だな~」

「? そーなの?」

「蒼角ちゃんは、ラーメンちゃんと食べれた?」

「え? うん、食べれたよ! 最後はファンのひとたち待たせちゃ悪いなって思って急いだけど……あれれ、私がラーメン食べに来たこと知ってたの?」

 蒼角が不思議そうに悠真を見ると、彼は蒼角を見てにこりと笑った。

「実は僕、超能力が使えるんだ」

「え! 超能力!?」

「蒼角ちゃんが今日行ったところがわかるんだよ」

「そうなの!?」

「ラーメン屋に行く前……火鍋屋さんに行ったでしょ」

「すごい、当たってる!」

「しかもプロキシと一緒だった」

「ええ!? ハルマサすごーい!!」

 きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぐ蒼角に、悠真は堪え切れずに笑い出した。

「あははははっ! いや、ごめん。実は聞いたんだ。さっきリンちゃんと会ってね」

「え、そうなの? なーんだ、ハルマサほんとに超能力持ってるのかと思っちゃった! あ、ねえねえスプーンは曲げれる?」

「いやだから超能力者じゃないから」

 咄嗟のツッコミに、蒼角は楽しそうに笑う。

 そして立ち上がると悠真の隣に座った。

「ハルマサ、このあとどこに行くの?」

「え? あー……帰るだけだよ」

「え!? 帰るだけで、なんでそんなに急いでたの!?」

「いやだから……えーとね……蒼角ちゃんがここにいることを聞いて」

「わたし?」

「……もしかしたら変なファンに絡まれてたりしないかなー、とか」

「えーと、大丈夫だよ?」

 蒼角は訳が分からないようでにこりとした笑みのまま首を傾げた。そんな彼女を見て悠真は力なく笑う。

「うん、ほんとだ。僕の徒労だったな」

「トロウ??」

「……あ、いやそうでもないか」

 そう言うと悠真は蒼角の頭からつま先まで視線を往復した。

「うん、来た甲斐はあった」

「ええ~?」

「今日の蒼角ちゃんはとっても可愛いね」

 にこりと微笑み、悠真は言う。

 それを聞いて蒼角は──徐々に顔を赤くさせていった。

「え……え!? あ、蒼角のこのお洋服!? えへへへー……かわいいでしょ」

 本日リンにもファンにも言われた『可愛い』という同じ言葉に、蒼角はこの上なく心臓を高鳴らせる。そんな彼女の様子に悠真はつい、揶揄(からか)いたくなってしまう。

「そーんなに可愛い格好して、一体どこに行こうとしてるの?」

「え? えーと、ラーメンはもう食べたから帰るつもりだけど……」

「せっかくおめかししてるのに、もう帰っちゃうの?」

「ええ~? だって、火鍋の約束はもう終わったし、蒼角ひとりだし……」

「今もひとり?」

 そう言われ、蒼角は目を丸くする。

 そしてぶんぶんと首を振り、にっと笑った。

「ハルマサがいるー!」

「そうだね~」

 つられて悠真も笑ってしまう。ただ、その表情からは疲弊の色が見て取れる。蒼角は彼の顔をじっと見て、「そうだ」と何か思いついたように顔を綻ばせた。

「ハルマサ疲れてておうちまで帰るの大変だよね?」

「んー、まあ……でも少し休憩してけばだいぶラクに──」

「あのね、蒼角いいところ知ってるよ!」

 蒼角はぴょんと立ち上がると、ハルマサの手を掴んだ。

「こっちにね、いいとこあるの! ボスが教えてくれたんだよ!」

「課長が……?」

 少し急かすように歩く蒼角の後ろを、悠真は手を引かれながら歩いた。一体どこへ連れてってくれるのやらと蒼角のその健気さに悠真は癒しを感じてしまう。

(あー、やっぱ可愛いな。ほんと、好きになっちゃっても仕方ないでしょ、これは)

 そんなことを考えていると、景色はどんどん奥まった場所へと変わっていく。あまり来ない道に、悠真は辺りをきょろきょろとした。

「あのねー、ちょっとお高いけどちゃんとお布団で寝れるしご飯もあるんだよ!」

「え?」

「だいじょぶ! ディニーならちゃんと持ってるし、ハルマサがお金なくてもわたしにまかせて!」

「あー、えっと……」

「ほらあそこ、シュクハクとキュウケイ、書いてるでしょ!? キュウケイしてこ! ハルマサ!」

 

 目に入った看板は《ホテル ラブスイート》

 そのすぐ脇に見える案内板には──

『ご休憩:7,500ディニー』

『ご宿泊:25,000ディニー』

「蒼角ちゃんこれ……ラブホ……」

 その呟きが聞こえていない蒼角は振り返って満面の笑みを浮かべ、迫りくる現実を前に悠真は冷たい息を呑んだ──。

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