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ブツン──と画面が暗くなった。
否、急にそうなったわけではなく蒼角が電源ボタンを再度押したのだ。部屋の中に妙な緊張感が走り、蒼角はまるで油を差し忘れた知能構造体のごときぎこちなさでベッドの方を向いた。
どうやら悠真は目を覚まさなかったようである。
蒼角はそっと胸を撫で下ろした。そして恐る恐るテレビ画面の方へと顔を向ける。
「今のって、なんだろう……女の人と、男の人……が裸でいたのかな……えっと、なんで? うーん、でもドラマでも二人とも裸でベッドに入ってるシーンちらっと見たことあるし……その時はナギねえがすぐ消しちゃったけど……今のはもしかしてドラマなのかな」
蒼角は驚きのあまり高鳴る胸をどうにか落ち着かせつつ、握ったリモコンを見つめた。
「もう一回だけ、つけてみよっかな……?」
ドキドキしながらも、もう一度リモコンをテレビに向ける。電源ボタンを押し、そしてすぐに音量を下げた。悠真を起こしてしまわないように。
──画面に映ったのは苦悶の表情を浮かべる女性。
何が起こっているのか蒼角にはわからない。
しばらく見ていると、女性から男性に顔を近づけ唇を寄せた。
キスをするんだ、
と蒼角が思ったのも束の間。
思っていたキスとは違い、いつかドラマや映画で見たようなものとも少し違う、その映像からは明らかに互いの舌がうねる様が見て取れた。
「ひゃぁ……」
蒼角は思わず目を隠しそうになる。少しして場面が切り替わると、女性がなにかを咥えているように見えた。しかしモザイクがかかっていてそれが一体何なのかわからない。蒼角は目を細めてじーっと見つめた。だがどんな食べ物なのか想像もつかない。
「なんだろあれ……おっきくて食べにくいならがぶって噛んじゃえばいいのに! 舐めて楽しむものなのかなぁ……。あ、もしかしておっきな飴!? でも飴よりはやわらかそう……? 蒼角が時々買うスティックパンにも似てる?? でもパンより硬そうだしパンはあんなふうに舐めないよぉ……」
一体何なのかはわからないが、大きな飴やパンを想像すると蒼角はよだれをじゅるりと垂らしそうになった。
しかし寄りで映っていた画面が少しずつ引きになり、
その『見たことのない食べ物』が一体何なのか理解し、
蒼角は青ざめた。
(こ、これ……食べ物じゃない!)
その瞬間、隣のベッドから布が擦れる音が聞こえ蒼角はソファから飛び上がった。
「……!!」
しかし悠真が寝返りを打っただけだとわかり、ほっとする。そしてもう一度テレビを見ると、ついには先程の『食べ物じゃなかったもの』を四つん這いになった女性に向け──
「………!!」
蒼角は開いた口が塞がらなかった。
音量の小さなテレビから女性のあられもない声がわずかに聞こえてくる。ゆさゆさと揺れる女性の体に、蒼角は一度だけ自分の胸を撫でた。そして全く違う体つきに思わず肩を落とす。
「………」
黙ってテレビの電源ボタンを押し、
画面は元の真っ暗に戻った。
そして──蒼角はそこでようやく気がついた。
「……あれ、もしかして恋人同士でベッドに入るのって……」
その呟きは、二時間ほど前の記憶を呼び起こす。
リンと火鍋屋で話した会話が頭の中で展開された。
『恋人のゴールってなんだろ!? 一緒にベッドで寝るのがゴール!? そしたらハルマサ安心するかな!?』
『え、えええ~? ええーと、そ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないしー……』
『あれれ、店長なんか変な顔してる? もしかして蒼角、間違ったこと言ってる!?』
『いやいやいや、間違ってるとかじゃなくてね! あはははは……』
リンの様子がおかしかったのは『一緒にベッドで寝る』ということを正しく理解していたからだ。それに気が付き、蒼角は頭から湯気が立ち上る程顔を真っ赤にさせている。
「は、はわわわわ……」
蒼角は両手で自分の顔をぱたぱたと扇いだ。しかし今しがた見てしまった映像は頭の中から離れない。再度テレビを点けてみようとまでは思わないが、興味は尽きない。
「さっきのお姉さん、すごく苦しそうに見えたけど……でも『いい』とか『やめないで』って言ってた……」
「苦しく……ないのかなぁ」
「でもなんだかあんまり楽しそうじゃなかった気もするし」
「行く、ってなんだろう。どこに行っちゃうの?」
「……怖い」
「でもやっぱり気になる」
「ハ、ハルマサも、あーゆーこと、したことあるのかな?」
「……女の人の身体を、あんなふうに触って……?」
「でも、想像は、したくないなぁ」
──頭の中でぐるぐるぐるぐると先ほどの映像が流れている。映像は自分の意思で止められず、ふとした瞬間に女性を組み敷いていた男が《ハルマサ》へと姿を変えた。
赤らんだ顔で、
女性を見つめ、
下腹部に手を伸ばし、
蒼角が正体に気が付いた
『食べ物じゃなかったもの』を──
──ぺちん!!
蒼角は目をぎゅっと瞑って両頬を叩いた。
「だ、だめだめ! 変なこと考えたらハルマサに悪いもん! もうやめないと! あ、そろそろハルマサ起きる頃だ!?」
時計を見て蒼角は立ち上がった。そのままテレビの前にいることがなんだかむず痒く感じ、画面からも目を逸らした。
「……だからハルマサ、テレビ点けちゃだめって言ってたんだぁ。私がびっくりしないようにだよね」
そう口に出すと、なんだか悠真の優しさを無下にしたようで少しだけ胸がずきんと痛んだ。
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