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蒼角は悠真が眠るベッドの横に腰を下ろした。この妙な気分になってしまった中ひとりでいるのはどこか心細いのだ。
(それにちょっと、怖いし……)
「ハルマサぁ、もう一時間経つよぉ~?」
そう声を掛けるも、ハルマサは穏やかな寝顔でそこに横たわっている。蒼角は頬を膨らませた。起きない悠真をじっと見つめていると、彼のまつげの長さに驚く。そしてふっくらとした唇はそっとつついてみたくなるのだ。そんなことを考えてしまう自分に、蒼角は少し体が熱くなった。
(うう、さっきのテレビ見ちゃったから、わたしなんか変だよぉ~……)
ぎゅううと心臓が縮むように痛み、蒼角はため息を吐いた。 悠真を見つめていると、ふいに先ほどの男女がキスをしていたのを思い出す。他はどれも苦しそうと思ったものの、その行為だけは蒼角にも少しだけ『幸せそう』に見えたのだ。
(ちゅーって、あんなふうに幸せになれるのかな)
興味が湧き、悠真の唇に吸い寄せられそうになる。
しかし蒼角はぶんぶんと頭を振ると深呼吸した。
(うう、何してるのわたし~! だめだめ、だめだってばぁ。ハルマサに怒られちゃうよ! それでもし嫌われちゃったらやだよぉ~)
またもや悠真が『離れていってしまう』想像をしてしまい、蒼角は目に涙を浮かべた。
「ハルマサ、ハルマサぁ~」
そう言って彼の腕をゆさゆさと揺さぶる。しかしそれでもまだ起きない。蒼角はむすっとして、唇を尖らせた。
(こんなに起きないなら、ちょっぴりいたずらしたっていいよね)
蒼角は一人頷くと、そっと悠真の顔に唇を寄せた。悠真の冷たい頬に蒼角の熱い唇がむにっと押し付けられる。すぐさま離れると、蒼角はにへらと笑った。
(えへへ、しちゃった~)
そうして立ち上がろうとした時だった。悠真の目がぱちりと開き、蒼角を見た。蒼角は慌てて「お、おはよう!」と言ったが裏返った声に自分でも驚いた。
「蒼角ちゃーん……今寝込みを襲ったの?」
「へ!? お、おそってないよ! ただ、えーっと、その……」
もじもじとする蒼角に、悠真はくすっと笑う。
「……はは、ごめんって。何? もう時間? そろそろ起きなきゃか」
「う、うん。一時間は経ったよ」
「ん、ふぁあ……」
寝ぼけ眼で悠真が体を起こすと、うんと伸びをした。そして未だベッド横でしゃがみこんでいる蒼角に首を傾げる。蒼角は少しそわそわとした様子で手指を遊ばせていた。
「蒼角ちゃん、どうかしたの?」
「え!? ど、どうもしないよ!?」
「怪しいな~。僕に何か隠し事~??」
「う、うう、そーゆーわけじゃなくってぇ……」
「?」
顔を真っ赤にして慌てふためく蒼角に、悠真は首を傾げた。 そしてふむと考えるように顎に手をやると、とんとんとベッドを叩いた。ここに座るよう促しているのだ。蒼角はそれに従うように、ベッドにちょこんと腰かける。
「ほら、怒らないから言ってごらんよ。もしかして持ってるディニー以上に食べ物頼んじゃった?」
「ち、違うよ! 足りるもん! ……あれ? 足りるかな」
「じゃあどうしたってわけ~?」
「う、うう……」
蒼角は目を逸らし、顔を背ける。いつもと違って恥じらう様子に悠真は驚きつつも少しだけどきりとした。そしてしばらく沈黙が流れたあとで、蒼角は口を開いた。
「……あのね」
「うん」
「……テレビ、つけちゃった」
「………………は?」
「………」
「もしかしてAⅤ流れてるの見ちゃったわけ?」
「えー、ぶい? が何かはわかんないけど……お、女の人がすっごく苦しそうにしてるの、見ちゃった」
「………」
少し顔を赤らめているものの、蒼角の様子は動揺一色だった。悠真はしばし考えたのち、蒼角の頭を撫でようとして手を伸ばした。その手が触れそうになると、蒼角の身体はびくっと震える。
「え」
「わ、ごめんっ! だだだだいじょぶだよ!」
いつもと様子の違う蒼角に驚くも、悠真はゆっくりと彼女の頭を撫でた。
「……うんうん、怖かったねー。だから点けちゃだめだよって言ったのに」
「……うん、ごめんなさい」
「あれはね、作り物だから。苦しんでる女の人は実際にはいないからね~」
「作り物?」
「そうそう。あーその、ドラマや映画と一緒! 視聴者を楽しませる為に作ったお話だからー……」
「じゃああーゆーことは、ハルマサはしないの?」
「へっ?」
顔を背けていたはずの蒼角がこちらを振り向き、上目遣いで悠真を見つめている。会話の内容からつい目の前の蒼角と《男女の行為》が脳で紐づいてしまい、悠真はぞわぞわと全身の毛が逆立った。
「……えー、なんで?」
「な、なんでって言われると、わかんない……ただそうなのかなって思っただけなの」
「いやあそのー……さすがにちょっと答えにくいな」
「もしかしてこーゆー話、あんまりしちゃいけない!?」
「まあ、ねー……僕はそう思うけど」
「そ、そっか。そうだよね! そうだよねぇ……」
蒼角はまた人差し指同士をつんつんと合わせる。視線は下の方を泳ぐように動いていて、それからそうっと悠真の方を見た。
「でもわたし、知りたい」
「え」
「……ハルマサが好きだから、わたしが知らないこといっぱい知りたい」
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