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──残り時間がまだあることを確認すると、二人はソファの上に向かい合って座った。蒼角の表情は険しく、悠真の笑顔は引き攣っている。
「じゃあ蒼角ちゃん、これからお説教タイムね」
「お説教やだ!」
「だめ、聞いて」
「はーい」
唇を尖らせる蒼角に思わず「可愛いな」と悠真は呟いてしまうが、咳払いで仕切り直す。
「蒼角ちゃん、いい? ここはね、さっき蒼角ちゃんが見たであろうAVみたいなことをするために使うホテルなわけ。ラブホテルっての、わかる?」
「そうなの!? じゃあ休憩ってなに!?」
「休憩はー……そういう休憩、だから……」
「わかんないけど、わかったよ! それでそれで?」
「まあ、最近は女子会とかで使ったりもするらしいから、一概にはエッチな目的で使うとは言い切れないんだけど」
「ふんふん」
「とにかく、ここに僕たちふたりで来るのはリスクが高いの」
「リスク?」
「誰かに見られたら、六課の良くない噂が立っちゃうかもしれないでしょ」
「そうなんだぁ」
「噂好きはいくらでもいるからね」
「あ、じゃあハルマサとわたしがえーぶいみたいなことしてるって思われるってこと!?」
「ゲホッ、ゲホッ!!」
「ハルマサだいじょーぶ!?」
「だいじょーぶ……咽ただけだから……」
悠真の肩をそっと撫でると、蒼角は「あれ?」と首を傾げた。
「でもハルマサ」
「うん」
「わたしたち、さっきえーぶいみたいなことしたよ」
「……うん、それをね、人に知られるのは良くないって話」
「あ、そっかぁ!」
「蒼角ちゃん、もう少し危機感持ってほしい」
「危機感?」
「だから、そのね、疑いもなくこーゆーとこに来ちゃうのとか……」
「でもボスが休憩できるって言ってたもん」
「課長……。とにかく、今回は僕を休ませたくて蒼角ちゃんは連れてきてくれたわけだから」
「うん」
「もう終わったこととしてあーだこーだは言わないけど」
「うん」
「今後ここには来ません」
「ええ~~~!?」
蒼角はひどく残念だというように声を上げた。
悠真は何も聞こえないというように耳を塞いでいる。
「だってだって、おいしーご飯あるんだよ!?」
「ご飯屋さんに行けばいいでしょ」
「パンケーキは!?」
「パンケーキもここ以外いっぱいあるでしょうに!」
「でっかいハンバーグまだ食べてなーい!!」
「今度どっか連れてってあげるから!!」
「やったぁ!!」
蒼角は両手を挙げバンザイすると満面の笑みで「ハンバーグ~♪」と歌った。
「じゃあこのあとは部屋出るからね」
「はーい」
「最後に質問ありますか」
「はい!」
「はい蒼角ちゃん」
「ハルマサ、ちゅーの後トイレ行ったけどなかなか出てこなかった! お腹痛いの!?」
「んー……お腹は大丈夫だけど大丈夫じゃないところを治すためにトイレにこもってたの」
「どゆこと!?」
「質疑応答終わり!」
悠真が勢いよくソファから立ち上がると、蒼角もそれに倣ってぴょんと立ち上がった。忘れ物がないかの確認をし、部屋の扉を開けようとする。
「あ、待ってハルマサ!」
「ん?」
「……ここ、もう来れないなら、ちゅーはもうできない?」
きゅっ、と悠真の服の裾を握り、蒼角がもじもじとした様子で訊く。悠真はしばらくそんな彼女の様子を見つめ──そっと鼻の頭にキスをした。
「──次は僕の部屋に来たらいいでしょ。
いつでもおいでよ、可愛い恋人ちゃん」
部屋の扉が開き、二人は廊下へと出た。
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