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廊下を歩きながら治安局から要請のあった位置の確認をすると、悠真は腕を組んで唸った。
「うーん、悩ましいなぁ~」
「ハルマサ、どうしたの?」
「いやあ、今から行くとこの近くにコーヒー屋さんはあるかなぁと検索してみたんだけど」
「なかったのー?」
「五件くらい乱立してて迷っちゃうなって話」
「じゃあ全部回ったらいいよ!」
「あのね、蒼角ちゃんと違って僕は飲み物も食べ物もそんなにガブガブ摂取しないの!」
「ええ~?」
「僕がガブガブ摂取してんのは薬くらい!」
「あ、そっかぁ~!」
蒼角はけらけらと楽しそうに笑った。
──今日の蒼角の様子は至って普通だ。
昨日起こったことを考えれば目を合わせるのも憚られるかと思ったが、それは悠真の杞憂だった。彼女は朝から元気に挨拶し、ぶつかるように悠真に抱きつき、そして仕事に励んでいる。ここ最近の彼女と何ら変わりない。
「蒼角ちゃんは飲みたいものとかある~?」
「ええー? コーヒー屋さんには蒼角の飲みたいものないけどー……」
「別にコーヒーじゃなくていいって。あ、ティーミルクでも寄ってく?」
「ティーミルクって、あれ? 反対方向だよ?」
「いーんじゃなーい? 早く着いたってどうせ暇するだけなんだから」
ね、と悠真がにっこり微笑んで見せる。
すると蒼角のきょとんとした顔が一瞬にして赤らんだ。
悠真はしばしそれを眺めていたが、ぷっと吹き出してしまう。
「っはは! なーにー蒼角ちゃん。顔赤くしてどしたわけ?」
「へっ!? だ、だいじょぶだよ! 赤くなんてないよ!」
「赤いって~。鏡でも見てくる?」
「ううー、ハルマサいじわる!」
「あはははっ」
ひとしきり笑うと、悠真は呼吸を整え咳払いをした。
「昨日のこと、気にしてる?」
「えっ」
「あーいや……職場で言う話じゃない、か」
「あ、ああ、あの、あのね!」
「?」
「気にしてる、けど、でもずーっと気にしてたらお仕事できなくなっちゃうから、だからお仕事中は頭のすみっこにえーいっ! ってやってるの!」
「そっか~蒼角ちゃんはえらいねぇ」
「でしょ!?」
「じゃあ今は?」
「………気にしちゃってる」
そう言うと蒼角はぷしゅ~っと音を立てるように顔を真っ赤にさせた。その様子があまりにも愛らしく、悠真は思わず頬に触れそうになったが──ぴくりと動いてしまった手はすぐに引っ込めた。
「あー……僕も気にしちゃうからこの話やめよっか」
「う、うん。今は治安局のオウエンに行くんだもんね!」
「そーそ。あ、でも~……」
「でも?」
蒼角は目をぱちくりとさせる。
悠真はにやりと笑った。
「せっかく二人でいるんだから、ちょっとくらいは楽しいことしてもいいよね」
「……?」
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