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仕事を終え戻ってきた二人は、途中で課長の星見雅と会った。廊下を歩く雅は二人を見るなり「今柳には近づかないことだ」と言った。
「え。課長、なんです?」
「柳は頭に血が上っている」
「ナギねえ、逆立ちしちゃったの~?」
「逆立ちではない。ただ……近寄りがたい雰囲気だ。私はもう一つ修行を終わらせてから戻ることにする」
「課長……朝から逃げ回ってばっかですね」
「用心するに越したことはない」
雅はそう言うと、悠真と蒼角とは反対方向へ歩いて行ってしまった。
「月城さん、どうしたんだか。あの人そんなわかりやすく怒ることあったっけ?」
「ナギねえはあんまり怒んないよ~。わたしが失敗しちゃった時も、優しくしてくれるもん!」
「それは蒼角ちゃん相手だからでしょ~」
和やかな雰囲気のまま、二人は六課の部屋へと戻った。
仁王立ちする柳がそこで待っていることも知らずに。
「──浅羽隊員、どういうことですか」
入り口に立つ柳に気圧され、二人はぴたりとそこに立ち止まった。
「え? どういうことって……あ、もしかして治安局への応援に遅れて行ったのバレてます? いやちょっとですよ~、どうせ早く行ったってあちらさんに目くじら立てられるだけなんだから──」
「治安局への応援が遅れたことを言ってるんじゃありません、うちの可愛い蒼角があなたとどうして手を繋いでいたのか聞いてるんです!」
そう声を張り上げた月城の手に握られているのは、スマホ。
そしてその画面に映し出されているのは──飲食店の前で楽しそうに話している様子の蒼角と、悠真。
その手はぎゅっと握られている。
「ええ……なんですかコレ」
「先ほどアップされた記事です。六課のファンが書いたもののようですが……タイトルは『六課のお兄ちゃんマサマサ、可愛い妹蒼角ちゃんの為にご飯を奢ってあげる』……ちなみに勤務中に私的な飲食は?」
「してませんよ!」
「よかったです。蒼角を怒る理由がなくなりました」
柳は悠真の横に立つ蒼角をちらりと一瞥すると、眼鏡を押し上げた。
「それで、どうして手を?」
「いやぁ、それはもちろん蒼角ちゃんが迷子にならないように……」
「本当にですか?」
「………」
「……ここ最近、浅羽隊員と蒼角の距離が以前よりも近いことには気づいていました。兄妹のように仲がいいだけなのかと思い、蒼角が挨拶で抱きつくのも親愛表現として大目に見てきましたが……。これはもう、恋人同士のすることじゃないですか……! もしかしてあなたたちは──」
「恋人だもん!」
「「!?」」
蒼角の声が部屋に響く。
柳も悠真も、驚いて息を呑んだ。
「わたし、ハルマサ好きなの! ハルマサも、好きって言ってくれたの。だから恋人になったの。手つなぐのは、恋人のトッケンって。だからつないだの。わたしもハルマサも、ナギねえが怒るようなことしちゃったの? それなら蒼角も謝るから……ハルマサばっかり怒んないで」
涙が落ちそうになるのを我慢しながら、蒼角は鼻を啜った。悠真は蒼角を宥めようと肩に手を置こうとしたが、柳がそれを睨みつける。
「蒼角、これは大人同士で話し合うことですから……少し座って待っていて──」
「わたし、大人じゃないけど、もう子どもでもないもん!」
「!」
「大人にならなきゃ、恋人になっちゃいけないの? ハルマサが大人だから、大人じゃない蒼角じゃだめなの? でも蒼角が大人になるの待ってたら──ハルマサいなくなっちゃうよ!!」
「そ、蒼角、そんなことを言ってるわけじゃ……」
「ナギねえの、ばかー!!」
「ば……!?」
蒼角はそのまま自分の席まで小走りで行き、荷物をまとめ始めた。帰り支度を始めた蒼角に、柳は慌てる。
「蒼角、どこへ行くんですか! 先に帰るんですか?」
「帰んない! わたし、違うとこ泊まる!」
「!? そ、それはもしかして浅羽隊員の部屋に──」
「違うもん! ハルマサんとこ泊まんない! 違うとこだもん!」
キッと涙が浮かんだ目で柳を睨むと、すぐに眉を下げて「ごめんなさい」と呟いた。
「……ナギねえが怒らないタイミング、見つけなきゃだったのに」
「え……?」
「……ハルマサも、わたしが悪い子でも、嫌いにならないで」
「蒼角ちゃん……」
しょんぼりとした様子の蒼角は、そのまま部屋を出て行った。その後ろ姿を見て、柳と悠真は視線を交わす。
「……すみません、頭に血が上っていました」
「いえ、課長から聞いてたんで……」
「雅が? とにかく、この話はまた日を改めます」
「ええ、わかってますよ。僕もちゃんと話さないといけないなとは思ってましたし」
「……はぁ」
「?」
「蒼角のこともよく考えずに声を荒げてしまって……子どもは、私の方だったかもしれません」
柳はそう言うと、記事を開いたままだったスマホの画面を暗くした。悠真はそれを見て、今日蒼角と繋いでいた方の手をぎゅっと握る。
「──ブレーキのかけ方をわかってる時だけですよ、大人なんて呼べるのは」
そう呟いて悠真も自分の幼さを恥じた。
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