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リンは何かに勘づいたように目を見開き、
アキラはそれを諫めるように目を細めている。
「……あのね、えっとね、どこから話せばいいのかな」
「だ、大丈夫だよ蒼角落ち着いて! 全部聞くから最初からゆっくり話してね!」
「リン……君の方が落ち着く必要があるよ」
呆れ顔でアキラが言うと、リンはぷぅと頬を膨らませた。
「……うう、わ、わたしね、昨日からハルマサと恋人になったの」
「ほんと!? じゃあ私と火鍋食べた後から!? やったー! ね、お兄ちゃん!?」
「こら、リン!」
見かねたアキラはリンの手を引いてソファから立たせ、作業台の方の椅子に座らせた。リンは不服そうに頬を膨らませながらも、何も言わないよう両手で口元を覆っている。アキラはまたH.D.Dの前の椅子に座ると、蒼角に「続けて」と言った。
「……そ、それでね、恋人になったことナギねえにはすぐ言えなかったの。い、言っていいのかよくわかんなくて。もしかしたら怒られたりするのかなって、思って」
「うーん……なるほどね。それで、何かのきっかけでバレてしまった、というわけかい?」
アキラの問いに、蒼角はこくりと頷いた。
「今日、ハルマサと二人で治安局の応援に行ったの。その時ね、着くまでのちょっとの間お散歩デートって、手つなごうって、手つないだの。それがね、ナギねえに知られちゃったの。お仕事中にそんなことしちゃだめでしょ、っていうんじゃなくってね、ただ、手をつないだのが悪かったの。わたしがハルマサの恋人になったことがね、きっとだめだったの」
そこまで言うと、蒼角の目にじわりと涙が溜まる。零れ落ちてきそうだったのか、蒼角は目元を拭った。リンやアキラからはその横顔が見え、心配そうにため息をつく。
「……それでね、そのことハルマサにばっかり怒るの。だからわたしも一緒に謝るって言ったんだけど、ナギねえ、これは大人同士で話し合うことだって……わたし、思わず怒っちゃって、ナギねえに『ばか』って言っちゃった。ねぇ、こんな蒼角のこと、きっとナギねえは許してくれないよね?」
蒼角がリンとアキラの顔を見る。
プロキシ兄妹は互いに顔を見遣ったあと、蒼角の方を向いた。
「でも蒼角が怒っちゃったのは、悲しかったからでしょ?」
「えっ?」
リンにそう問われて蒼角は目を丸くした。悲しかった、の理由がわからずに上手く返答できない。そんな彼女の様子に、リンは小さく笑った。
「……蒼角はさ、きっと柳さんにたくさん愛情かけてもらってるんだよね」
「? うん。ナギねえは蒼角にいろんなこと教えてくれるし、一緒にいろんなことしてくれるし、ご飯もいーっぱい食べさせてくれて……わたし、ナギねえ大好き!」
「うん。だからさ、そんな大好きな柳さんに対等に……というか、うーん、ちゃんと扱ってもらえなかったことが、悲しかったんじゃないかな」
「……?」
蒼角は首を傾げた。
アキラは「うん」と相槌を打つと、リンの代わりに答えた。
「柳さんから見れば、蒼角は大事な妹や娘みたいなものだからどうしても子ども扱いしてしまうんだと思う。けれど、蒼角はそういう扱いではなく、一個人として見てほしかったんだろうね。君が悠真と恋人になったのは……悠真が君を『妹のように思っているから』ではないだろう?」
「うん」
「悠真には一人の……『蒼角』として接してもらった、そして結果的に恋人になった。それなのにそのことを脇に置いて蒼角を子ども扱いしてしまえば……全部無かったことになってしまう。……まあ、柳さんもそれを認めたくないから蒼角を話の場に入れたくなかったのかもしれないけれど」
「………」
蒼角は黙り込み、アキラの言葉を反芻するように何度も頷いた。
「……でもわたし、やっぱりまだ子どもなんだよね?」
蒼角の問いに、リンは苦笑いをする。
「うーん、確かに蒼角は小さいし妹みたいに可愛がりたいけど……でも六課でのお仕事もちゃんとしてるわけだし、簡単に子どもとは言えないかなぁ。それに正直なところ、私だってお兄ちゃんだって、いつから自分が大人になったなんて明確には言えないもん。でしょ? お兄ちゃん」
「そうだね。免許を取った時はこれで自分も大人の仲間入りだな、なんて思ったこともあったけれど……どれだけ年を重ねても幼い頃の自分と何かが変わったかと言われると……ね。少しの変化があったとしても、昔の自分も今の自分も地続きだ。言ってしまえば、大人なんてものは年齢以外では自分で『大人です』と宣言しているだけのものかもしれない」
「そうだ! 蒼角は自分が成長したなってところ、ないの? こういうところ大人になった~みたいな!」
リンがそう言うと、蒼角は「うーん」と宙を見つめて首を傾げる。
「えーっとねぇ……前よりもちょっとは漢字が読めるようになって……ご飯を買う時もちゃんと明日のことを考えて我慢できるようになって……あ、こないだ他の課のシッコウカンさんとお仕事する時、時間かかっちゃったけど難しい手続きもなんとかできたよ!」
「すごーい! ちゃんと成長してるじゃん蒼角!」
「えへへへぇ……あ、あとはね」
「うん」
「蒼角、ご飯を食べる以外にも幸せになる方法、知ったんだ」
「うん?」
「ハルマサと一緒にいたら、お腹減っててもね、幸せ。これって成長?」
頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに目を伏せる蒼角。その表情はいつもの強くて元気溌剌とした彼女の印象とは遠い──普通の、恋する少女の顔だ。それが心の成長でないというのなら、一体何だというのか。リンは口角を上げ、優しく微笑んだ。
「成長だよ。誰かを好きになることは、心がすっごく変化することだもん。そのおかげで強くなれたり、優しくなれたりするんだよ」
「……そっかぁ~」
えへへ、と笑うと蒼角は「あ」と気づいたようにスマホを取り出した。
「わ、ハルマサとナギねえからメッセージ来てる。あれれ、ボスからもだ。みんな心配してる……」
「今日はうちに泊まるってちゃんと言っておきなよ! 私からもみんなに連絡しとくからさ」
「うん、ありがとプロキシ!」
蒼角はメッセージの返事を返すと、リンとアキラの方を向いて笑った。
「わたし、やっぱりここに来てよかった!」
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