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──お泊りさせてもらうお礼にと、蒼角はビデオ屋の仕事を少し手伝った。ビデオの陳列はどうやら楽しい作業だったようで、素早く終わらせると蒼角は次の仕事をせがんだ。
その後リンとアキラの計らいでビデオ屋を早々に閉めると、夕飯は三人で隣の《滝湯谷・錦鯉》でラーメンを食べることに。蒼角の元気な食べっぷりに、店主は大層嬉しそうにして味玉を3つもおまけしてくれた。屋台での楽しそうな声は六分街に響き渡り、気になった人々が列を成し……三人は席を立ってビデオ屋へと戻った。
リンもアキラも、楽しそうにしている蒼角を見てほっとした。彼女の笑顔は、多くの人を幸せにすることを二人は知っている。
「──それじゃ、蒼角は今日私のベッドで寝てね」
「わたし、ソファでも寝れるよ? 体小さいし」
そう言ってリンの部屋の真ん中に立つ蒼角は眉を下げ、申し訳なさそうに人差し指同士を合わせた。
「いいのいいの! ほら、私のベッドの方がふかふかで良く眠れるでしょ~?」
「うーん、そうだけど……」
「私はお兄ちゃんの大きいベッドにちょっと詰めてもらって寝るからだいじょーぶ!」
「ほんと?」
「ほんとだよ~。ね、お兄ちゃん」
「ええっ、僕のベッドで寝るのかい? それなら僕がソファで……」
「お兄ちゃん昨日もソファで寝てた! ちゃんとベッドで寝ないと体痛くするよ~!?」
「うーん……返す言葉もないな」
苦笑いをするアキラと、ふふんと勝ち誇ったような顔のリン。そんな兄妹を見て、蒼角は思わず笑ってしまう。
「それじゃ、もう休んで蒼角。明日も仕事でしょ?」
「うん! それじゃー……ベッド借りるね! ありがとプロキシ!」
「どういたしまして~♪ あ、明かりはここで消すから。じゃあまた明日ね!」
そう言うとリンはアキラの背中を押して部屋を出ていく。
扉を閉める寸前、二人は隙間から顔を覗かせて言った。
「「おやすみ、蒼角」」
扉がゆっくりと閉まっていく。それからリンとアキラの足音が一階へと向かって行った。このあとまだ残っている作業をするようだった。
蒼角はリンに貸してもらったパジャマに着替えると、電気を消して早速ベッドに潜り込んだ。リンの匂いに包まれ、くすぐったさを覚えて「ふふふっ」と笑う。そして窓から差し込む月明かりに、ぱちぱちと瞬きをした。
「……明日、仲直りできるかな」
目を瞑ると柳の顔が浮かび、蒼角は不安になった。その時スマホの通知音が鳴った。枕元に置いたそれを手探りで探し、画面の明かりを点ける。
「……ハルマサだ」
メッセージの内容は、
──夕飯は何食べた?
──こっちは今帰ってきたとこ。
それを見て蒼角は反射的に通話ボタンを押した。
一回、
二回、
呼び出し音が鳴る。
三回目が鳴るかというところで「はい」と声が聞こえた。
「! ……あ、ハルマサ、えっと」
『何? お話したくなっちゃった?』
「……うん」
『じゃあちょっとだけね~。さっさと寝ないと明日に響くからさぁ……ふぁ~あ』
「ハルマサ、残業だったの? 蒼角勝手に帰ったから?」
『あはは、別に蒼角ちゃんのせいじゃないって。それに残業っていうかー……ちょっとお話をしてただけだから』
「ナギねえと?」
『んーん、課長』
「ボス?」
一体何の話なのか、聞いてもいいのか、蒼角は迷っていると耳元から咳が聞こえてきた。
「ハルマサ、大丈夫!?」
『けほっ……ん、だいじょーぶ。はーあ、疲れが溜まってんのかな~。どうせなら明日休みたいところだけど、さすがになぁ』
「お休みできないの?」
『蒼角ちゃんに会えなくなっちゃうじゃない』
ね、と聞こえ蒼角の顔は少し遅れて熱くなった。
「わ……そ、そっかぁ。で、でもね! 具合が悪い時は休まなきゃなんだよ!」
『あはは、わーかってるって。だいじょぶだいじょぶ。ほんとにやばい時はちゃんと休むからさぁ』
「むぅ……そだよね。ハルマサいっぱいお休みするもんね」
『そう言われるとそれはそれで複雑だな』
「あ、あのね! 今日プロキシのお店いっぱい手伝ったの! 蒼角ビデオ屋さんでもお仕事できるよ!」
『へぇ~すごいじゃない。ちゃんとバイト代もらった?』
「バイト代? いらないよ、だって蒼角が今日ここに泊めてもらう為にお手伝いしたんだもん」
『そっかー、蒼角ちゃんはえらい子だねぇ。でもちょっとくらいぶんどってもいい気もするけどね。兄の方にはこないだしてやられたからな……』
「え? 何? して……?」
『あははは、何でもない何でもない。ゔっ……げほっ、げほっ!』
「ハルマサ! やっぱり具合悪いんでしょ!? も、もう寝なよぉ」
『う、うーんそうするかぁ……』
「あっ」
『ん?』
蒼角はふと思い出したことを口にしていいか考え、「うう」と唸った。
『何?』
「……あの、ハルマサ……蒼角のこと、嫌いになってない!?」
『……え。なんで?』
「蒼角、ナギねえにひどいこと言っちゃった。だから、そんな蒼角可愛くないしもう嫌いになっちゃったり、したかなって……それだけ最後に聞きたくて」
『ははっ、なんだそんなこと心配してたわけ?』
大きなため息が聞こえる。蒼角はどくどくと不安に音を立てる胸を撫でながら言葉を待った。
『……大丈夫、好きだよ』
「………」
『だって僕と一緒に怒られようとしてくれたんでしょ~? 嬉しいし可愛いに決まってるじゃない。でも僕は別にへーきだよ』
「へーき?」
『月城さんには元から怒られるつもりでいたし。それでもきちんと蒼角ちゃんと一緒にいられるようにする気でいたからさ』
「……ええ、っと」
『ま、とにかくは明日職場で会おうよ。ああでも、明日は少し早く来てくれる? 月城さんとも話したいからさ』
「うん。明日はお昼からだもんね」
『そーそ。だからそれよりちょっと早くね。……それじゃ、もう寝ちゃおっか』
「ハルマサ、ちゃんとお薬飲んで寝てね。具合悪かったら蒼角を呼んでね! 病院まで連れてってあげるから!」
『……ありがと、蒼角ちゃん。それじゃおやすみ。良い夢を』
「おやすみ、ハルマサ……」
通話が切れると、急に眠気が蒼角を襲った。緊張していた体が、悠真の声を聴くことで緩んだのかもしれない。
「……明日、仲直り……」
ほとんど寝言のようにそう呟くと、蒼角はそっと瞼を落としていった。
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